獰猛な指先 第二話



 その場に座らせた長岡と向かい合った本山は膝を跨ぎ、怒張したペニスの上に腰を下ろす。狭い穴を押し広げられる感覚に、背筋がぞくぞくと震えた。
 指とは比較にならない程の質量を持つそれを、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら受け入れていく。
「ながおかぁ……」
 一番太い亀頭部分を受け入れると思わず甘い声が漏れた。体内を侵す圧迫感を求めて一番感じる場所が疼く。
「もと……やま」
 飲み込む男の体温が愛しくて堪らなかった。長岡の首に縋るように腕を巻きつけ、己の名を呼ぶ唇を塞ぐ。
 セックスは好きだった。面倒な恋愛なんてもう御免だったけれど、誰かとこうして身体を重ね、快感に溺れる事が好きだった。相手にこだわりはない。勿論それなりに好みはあるけれど、多少くらいならそこから離れていてもなんら問題はない。どうせ、行為をはじめてしまえば快楽に溺れて相手の事なんて考えられなくなるのだから。元々、快楽に弱い即物的な人間なのだ。尻軽だという自覚はある。
 そして、そのセックスの相手が想いを寄せている相手なら、得られる快楽はなおさらに深くなる。
「んぁ……」
 ペニスを一番深くまで受け入れ、甘い吐息を吐く。下腹に足りない何かを与えられたようで、とても満ち満ちた気分だった。天を仰ぎ興奮のせいで浅い呼吸を繰り返し、膝を使って腰を動かす。先端までゆっくりと引き抜いたかと思えば、その直後にはまた深くまで飲み込む。その度に目の前の男の表情が快楽に歪むのを恍惚として見詰めながら、己の疼く箇所を硬く張り詰めた男根で抉る。
「ぁふ……ここっ……きもち……」
 体内の奥深くから湧き出るような快感を追って夢中で腰を振り立てる。
 自慰では得られない、脈打つ性器を飲み込んで得られる快感は極上なのだ。締め付けたペニスの体温だけで絶頂を迎えられそうな程に感じていた。
「んぁっ……イイっ……」
 咥え込んだ男を感じる場所に擦りつけ、快楽を貪る。弱い粘膜を捏ね回す快楽は想像していた以上のものだった。
 ちらりと長岡の方を見ると、やはり感じているのだろう、瞼を伏せて唇を噛み締め、頬は僅かに赤みを帯びていた。それが嬉しくて――堪らなかった。
「本……山、手外して」
 少し汗ばんだ長岡は、背後に回った腕にかかる手錠をガチャガチャと鳴らしながら、快感を殺した声で言う。けれど、本山はそれに渋る様子を見せつつ腰の動きを止めた。
「外したら長岡逃げるだろ」
 こんな中途半端な状態ではまだ足りない。もっと深く快楽を感じたかった。相手を拘束して無理矢理のこの行為は決してほめられたものではないとわかっている。けれど、どうせ一回限りの行為だとわかっているのだから、思う存分に味わい尽くしたかった。
「逃げないから……っていうか、俺も動きたい」
 じっと瞳を見詰めた長岡は囁くように言う。本山の腰に響くような低音で、艶美に笑むのだ。
 長岡のその瞳を窺うように見た本山は、躊躇の様子を見せながらもしばしの思案の後、胸ポケットから手錠の鍵を取り出して、手錠へと腕を伸ばした。金属の擦れる冷たい音が響いた後、長岡の手は自由を取り戻した。
「折角なんだから、もっと楽しもうぜ」
 自由になった手は早速本山の腰を掴み、ぐっと己に引き寄せる。
「あっ……」
 今まで届いていなかった奥深くまで押し広げられ、本山は目を見開いて喘ぐ。そのまま身体を押し倒され、男根を飲み込んだ入口が擦れる感覚にすら期待が込み上げた。
 硬いフローリングに背中が擦れていたかったけれど、今はそんな事すらもどうでもよかった。腰骨をがっちりと掴まれ、長岡の腰は律動を開始する。
「本山がこんな淫乱だなんて知らなかった」
 先程、自分で散々嬲った場所を再び容赦なく抉られる。自分で調整しながら得る快楽とは違い、粘膜を食い破るように打ち付けられる力強いそれに目の前が真っ白になる。許容量を遥かに超えた前立腺から身体に溢れ出る快楽はこの上なく幸せだった。
「ひっ……長岡っ……そこっ」
 一番感じる場所だけを重点的に責められて、あられもない声があがる。それでもまだ足りなくて、もっとして、と足を開いてしまう。意思なんてなくなり、ただ快楽を貪るだけの肉塊となってしまう。
 勃ちあがったペニスの先端からは透明の先走り液がしとどに溢れ、絶頂の瞬間を今か今かと待ちわびていた。そのペニスに手をまわして擦り上げ、前後からの快感を思う存分に味わう。頭の中が焼き切れそうな程に力強い快楽に浸り、溺れる。
 そして、やがて絶頂へと到達する。頭のてっぺんから足の指先まで一気に快楽が広がり――それが身体の中心に集まったかと思えば勢い良く噴き出す。
「ああああっ」
 白く粘り気のある液体が己の胸から腹にかけてを汚した。
「えろいな」
 呟いた長岡の動きはとまらなかった。
 絶頂を迎えて激しい収縮を繰り返す内壁をこじ開けるように勢いをつけて打ち込み、一番奥を揺さぶる。
「ひっ………もうっ……」
 そんな事をされれば――終わらない絶頂感にただひたすらいやらしい喘ぎ声をあげながらすすり泣く事しかできなかった。
 敏感な粘膜を擦り上げられ、絶頂の続きのような激しい快楽が毒のように身体にまわる。これ以上されれば、頭がどうにかなってしまいそうだったのに、長岡の動きはとまらない。
「本山から誘ってきたんだから、ちゃんと最後まで付き合えよ」
 そう耳元で囁くと共に内壁を抉られた。貫かれたそこはじんじんと熱を持ち、そして快楽の液体を吐き出したばかりのペニスは再び勃ちあがりはじめていた。
「長岡ぁっ……」
 甘えるような声で名前を呼んでその胸に縋ると、長岡は自ら本山に口付けをした。唇を割って互いの舌を絡めて上顎を擦る。キスで得る快楽はとても優しく、本山はそれが好きだった。
 唾液が混じり、恍惚とした表情でその唾液を飲み込む。飲み込んだその唾液は長岡のもので、まるで自分が長岡の一部になってしまったかのような気分だった。
「あっ……」
 両足を抱え上げられ、結合部を露出した恥ずかしい格好になる。
「俺の、美味しそうに咥え込んでる」
 咥え込んだ入口の縁をなぞりながら、ニヤリと笑むものだから、本山は恥ずかしくてたまらなかった。思わず両手で顔を隠すとその刹那から再び勢い良く律動が開始された。
「ひぃっ……」
 ぐちゃぐちゃと濡れた音をさせながら身体を貪られる。その歓喜の愉悦は声すら出せない程の圧倒的なもので、内壁は体内を侵す雄を手放すまいと更に深く咥え込もうとする。
 長岡の息が荒ぶり、絶頂の時が近いのだと悟る。出来るだけ深みまで受け入れたいと自ら足を限界まで開き、腹を丸めて穿ちやすいように秘部を天へと向ける。
「っく……」
 激しい掘削を続ける長岡は低く呻いたかと思うと、深くまで腰を打ち込み、そこで精を解き放った。身体の奥深くに流し込まれる男の液体を、本山は絶頂に身体を痙攣させて再び精を噴き出させながら全て受け入れた。無意識のうちに、吐精を終えた男根を絞るように直腸を蠕動させ、最後の一滴まで飲み込む。
 その姿は卑猥そのもので、本山を見下ろした長岡は、そっとその唇を撫でた。
 夜はまだ終わらなかった。
◆◆◆
 酒は好きだった。嫌な事を全て忘れる事のできる魔法の液体だ。ただし、本山は酒に強い方ではない。少し飲み過ぎればすぐに記憶が飛んでしまう。若い頃は自制も聞かずよく飲み過ぎていたが、もう三十路も目の前だという年になれば、そんな無茶をする事も減っていた。
 夏の湿った空気が肌に纏わりつく感覚は、何度経験してもあまり好きにはなれなかった。その不快感で本山は瞼を持ち上げる。
 じん、と頭の奥が痺れる時は、飲み過ぎてしまった翌日の朝特有の感覚だった。
「あれ……」
 寝返りを打とうとして――違和感に気付く。昨夜は一体何があったのか。記憶は居酒屋で途切れている。しかし、断片的にではあるが――思い出せないわけではない。それを信じる気には到底なれなかったけれど。
 本山が寝起きの脳に鞭を打って思考をフル回転で巡らせていると、隣で本山を抱き込むようにして眠っていた男が
「ん……」
 と、掠れた声を出しながら本山を抱き寄せ、やがて目を開いた。
 それはまるで恋人にするかのような優しい動きだった。
「……おはよ」
 長年一緒に働いている同僚だ。新卒で同期として入社し、その後は大きな配置転換もなく、同じ部署でやってきていた。その男の寝起きの姿というのは、本山が初めて見るものだった。互いに全裸で、普段見る事のない長岡の素肌の肩にどきりと鼓動が高なった。
「……おは、よう」
 自分が何をしてしまったのか――。思い出したくもない記憶が、出来る事なら夢の中の話しであって欲しいと思ってしまうような記憶が蘇る。自分がどんな姿で求め、喘いだのか、全て思い出してしまう。
 酒を飲んで後悔する事は初めてではない。けれど、これは群を抜いていた。どちらかと言えば酒に弱い方である自覚はある。それなのに自制も効かず、翌朝目覚めれば知らない誰かとベッドの中に居た、なんて事は両手の指で足りない程経験がある。
 しかし、それとこれとは別だ。長岡は会社の同僚なのに、これから先仕事に支障をきたす事は必至だった。
 ずっとひた隠しにしてきた自分の性癖を、あろうことかよりにもよって長岡にさらけ出してしまうなんて――後悔するなという方が無理だった。
「その……」
 とりあえず何か言い訳を、と口を開いてみたが、何を言えばいいのかわからず、続きの言葉は出ない。そんな本山の様子を窺うように顔を覗きこんだ長岡は、片眉をくいとあげて笑った。
「本山があんなエロいって知らなかった。会社と居る時と全然違うのな。……それに、すっげー気持ちよかった」
 脳裏に蘇る昨夜の出来事――思わず頬を赤らめる。これが例えば、いつのものように行きずりの男ならばそんな反応にはならなかったはずなのに、なまじ仕事中の『真面目な時の自分』を知っている相手なのだから、羞恥も倍増してしまう。
「……うっせーよ」
 乱暴にそう言うと、長岡の視線から逃れるように枕を抱えて寝返りをうち、長岡に背を向けた。長岡の視線が背中に痛い程刺さっている事がわかって、やけに緊張する。もう二度と仕事場の誰かと酒を飲みに行くなんて事はしないと心に決めた瞬間だった。
「自分から乗っかってきたくせに」
 嘲笑う口調で言われて、後悔はますます増していく。自分が悪い事はわかっている。酒に呑まれてしまっていたとは言え、同じ会社で毎日顔を合わす相手とセックスをしてしまったのだ。それも、強引に。本来であれば殴られて罵られる事くらいはあるはずなのだ。
 それどころか、犯罪行為ですらもあるのだ。途中からは合意だったとは言え、はじめに本山が長岡にセックスを強要する事がなければ、そういった関係になる事もなかったはずだった。
 だから、こうも穏やかな長岡が怖かった。殴られるよりも怖い事がある――と、そう勘繰ってしまう。
「…………みんなにバラしたり、するのか?」
 一番怖い事は、会社の皆にバラされる事だった。一昔前に比べれば同性愛への理解も深まっている昨今だが、それを受け入れようとしない人間もまだまだ多い。自分が対象になっていないにも関わらず、同性愛者がそこに居るという事さえも毛嫌いする人間がいる現実だ。
 今の会社に何かこだわりがあるわけではないけれど、居辛くなって転職を余儀なくされる事は避けたかった。
「俺がそんな事するような人間だとでも?」
 けれど、長岡は間髪いれずの即答だった。――そんな事をするような人間ではない。それはよく知っている。
 人に惚れるのに特に理由はない。今まで経験してきた恋も、相手は様々だった。それでも、一つだけ共通しているとすれば、優しさだろうか。
 相手の持つ優しい雰囲気が好きだった。優しいけれど、ただ人に流されるのではなく、その根底にはしっかりとした芯が埋まっている、そんな優しさを持つ人間が好きだった。
 今まで長岡とプライベートの付き合いはした事はなかったけれど、仕事やその合間の雑談からでもその様子はうかがえた。優しく真面目で、仕事に対して真摯に向き合っていくその姿が好きだった。
「……ごめん」
 言いながら、ほっと息をつく。長岡はそんな人間ではない。不用意に他人の弱みを吹聴するような人間では、決してない。
 ぎしり、とベッドが軋むのと、背後から肩に腕がまわってくるのとは同時だった。
「本山ってさ、恋人とかいんの?」
 剥き出しの肩に感じる長岡の体温は酷く熱かった。長岡の質問の意図が掴めず、本山は怪訝に眉を顰めて振り返る。
「別に、今はいないけど」
 目があった長岡はニヤリと口角をあげた。その表情は何か悪戯を思い付いた小学生のように楽しげで、そして厭らしかった。
「じゃあさ、これからも付き合ってよ。本山の具合、すっげー良かった」
 身体を引き寄せられ、肌の触れ合う部分が増える。長岡が何を求めているのか――それがわからない本山ではない。しかし、まさか長岡にそんな事を言われるなんて予想すらしていなかった。
「……昨日は悪かったよ、ちょっと飲み過ぎてた」
 長岡に恋をしている、それは認めたくもない現実だ。一昔前の本山なら、長岡の申し出を素直に受け入れていただろう。形はどうあれ、好きな相手と肌を重ねられるのならそれで良かった。
 だが、本山はもう、自分が傷付くだけの遊びを出来る程に子供ではない。それに、相手は職場の同僚だ。一夜の過ちで済ませておける今のうちにただの同僚に戻るべきなのだ。
 しかし、そうはぐらかそうとした本山の肩はまだがっちりと抱き締められている。
「もし本山に特定の相手が出来たら、その時は関係やめるから、さ」
 自分を抱く腕から逃れようと身を捩っても、程よく筋肉のついた長岡の力は強く、本山の抵抗なんてなかったものにされてしまう。
「冗談もいい加減にしろよ」
 長岡は本気なのだ――その実感が本山の苛立ちを助長する。
 普段のプライベートでの性生活は割りと派手な方だ。誰か特定の相手に絞らず、その日の気まぐれで一夜限りのセックスを探す。――そんな本山でも、職場の同僚と身体の関係を作ってしまう事、否、既に作ってしまってはいるが、それを継続する事が愚かな行為であることは知っている。
 確かに、身体の相性は良かった。良かったけれど、関係を続ければ後々面倒なことになるのは容易に想像が出来る。
「じゃあ、他の皆に昨日の事言ってもいいんだけど?」
 びくり、と肩が震えて本山は抵抗を辞め、恐る恐る長岡の顔を窺ったけれど、その瞳は本気だった。仕事をしている時の――真面目で真剣な、そしてどこか楽しそうなそれだった。
「……おまえっ」
 眉を顰めて睨んでみても、長岡の表情は変わらない。
 面倒な方向へ物事が向いていく――完全なる自業自得だった。
「変態で淫乱の男色趣味?男の上に乗っかって腰振るのが趣味です、なんてゴシップとしては最高だよな」
 ニヤニヤとした底意地の悪そうな表情で言われて、唇をぎりりと噛み締める。そんな噂を流されてしまえば、本山の会社での肩身は確実に狭くなってしまう。会社に居られなくなってしまう事だって充分に考え得るのだ。
 例え証拠がなくとも、噂が流れるだけの事も避けたかった。
 しばしの逡巡、しかし選択肢は一つしかなかった。原因を作ってしまったのは誰でもない自分だ。これくらいのダメージで済むなら、その要求を飲んだ方がいい事は自明の理だ。少なくとも、居づらくなって転職を余儀なくされるよりは、ずっといいはずだった。
 例えば後々面倒な事になる事がわかっていても、今すぐ面倒な事になるよりは、準備期間があるだけマシだ、とそういう判断だった。転職の準備だって、期間に余裕が有る方がずっといい。
 本山は自分を見つめる長岡と目が合う事を拒むように視線を逸し、「わかった」と、静かに頷いた。――頷くしかなかった。
「よし、契約成立。安心しろよ、お前がおとなしく俺に従ってるうちは誰にも言わないから」
 ぽん、と頭に手を置かれ、続けざまに髪を撫でられる。あんなに触れたいと思っていたはずの長岡の体温は、今では鬱陶しく、苛立ちしか募らなかった。本山はその手を振り払うように身体を起こす。
「どこ行くんだよ」
 そのままベッドを降りた本山に、長岡は怪訝な表情で問う。
「風呂」
 振り向きもせず、ただ簡潔なだけの返答だった。機嫌は底抜けに悪い。
 昨夜、散々快楽を貪った身体は汗と体液で汚れていて気持ち悪かった。部屋の棚からバスタオルと着替えを出してバスルームへと向かった。


励みになります!

よければお声も聞かせて頂けると嬉しいです!
おなまえ


ご感想やリクエストなどがあればどうぞ!