溺れる事は簡単で、故に難しい。
第二十三話
「ローションとゴム、持ってきててよかったです」
 と、言う有沢の台詞にくすぐったさを感じながら、ベッドの上へと移動する。
 服を脱ぐ事すらもどかしく、二人は互いの唇を貪りあっていた。シングルベッドは成人男性二人分の体重に悲鳴をあげ、耳障りに軋む。
「みなみのさ……ん」
 興奮しているのか、仰向けになった南野の上に覆いかぶさった有沢は、いつもより忙しなく南野の口内を蹂躙した。
 呼吸さえままならない程の激しさで貪り、飲み込みきれない唾液が南野の唇の端から漏れて頬を伝い、髪を濡らす。
 そうして口付けをしながらも手はもどかしげに南野のネクタイを抜き取り、ワイシャツのボタンを外してその隙間から素肌へと進んでいく。肌を這いまわる手の温度は少し低く、くすぐったかった。
「んぁっ……」
 唇に飽きた有沢は、今度は南野の耳へと口付けを落とす。柔らかく吐息を吹きかけられ、走る電流に身を捩るが覆い被さられたこの体勢では逃げ切る事は出来なかった。
 軟体動物のようにぬめる舌は耳たぶを一舐めし、耳孔を犯す。悲鳴のような声が漏れそうになってすんでのところで押し殺した。
 開けたワイシャツの隙間から漏れる肌に、有沢のぎらついた視線が刺さっている。肌を這う手は胸元の突起をそっと撫でた。
 今まで有沢にペニスを触られた事はあっても、服を脱いだ事はなかったし、乳首を触られる事は初めてだった。
 人差し指と中指で小さな乳首を挟むようにされ、そのむず痒いような刺激に視線を彷徨わす。
 見上げた有沢はいつになく欲情しているようで、血走った目は雄の本能を剥き出しにしたものだった。更にそこから視線を落とせば、きっちりとベルトも締められた有沢のスラックスの下腹が不自然に膨らんでいるのが見える。
 恐怖と――期待はない交ぜになって胸に渦巻いていた。
 有沢は両手を使い、南野の肌を中途半端に覆っていたワイシャツを大きく広げる。そうする事によって肌は更に露わになり、冷たくなりはじめた空気を敏感に感じる。
「乳首、勃ってきましたね」
 言われて、南野は頬を染める。
「……っ!」
 寒さを感じた事による生理現象にしか過ぎず、それ以上の意図はないはずだ。それなのに、やけに羞恥と、情欲が滾る。
 にやにやと厭らしく笑みを見せる有沢は、まるでいたずら好きな子供のような表情だった。
「美味しそうですね」
 有沢はそう言って、胸元に生った二つの果実の片方へと唇を落とす。
「ひっ……」
 温かい口内に含まれて、ぞくぞくと熱が溢れだす。そこから背筋を通った熱は腰を通り、股間へと流れ込んでいく。それは明らかな快感で、けれどそこで快感を得ているだなんて認めたくなくて、溢れそうになる声を必死で飲み込み続けた。
 舌で転がされたかと思えば歯を立てられて僅かな痛みを感じる。そうかと思えば思い切り吸われ、痺れるような快楽が駆け抜ける。唇に覆われていない方の乳首も何度も指で捏ねられ、弾かれ、腰に絶えず砕けそうな快感が流れ込んできていた。
 声を我慢しているせいか勝手に身体が跳ねてしまい、その度に軋むベッドの音が部屋に響く。
「……南野さん、乳首好きなんですね」
 けれど、南野は力なく首を横に振る事しか出来なかった。違う、と言うために口を開けばあられもない喘ぎ声が漏れてしまいそうだったからだ。
 張りつめた股間が苦しくて、わざとらしく腰を揺らめかすと有沢もその意図に気付いたようだった。
「乳首より下がいいんですね」
 そうして南野の羞恥を煽るような言葉を選ぶあたり、今日の有沢はいつもより性格が悪かった。南野はふいと顔を逸らしたが、有沢は肩を竦めて笑みを零すだけだ。
 南野の足の間へと移動してベルトを手際よく外し、下着ごとスラックスを抜いてしまう。
 そうすると欲情したペニスがぴん、と天井を向いて露わになる。そこに有沢の視線が突き刺さっている事がわかっても、南野にはどうする事もできない。ただ顔を背け、襲い来る羞恥に耐えるだけだ。――それに、有沢に見られる事は不快ではなかった。
「勃ってるの、可愛いですよね」
 有沢はそう囁いて、先端から蜜を零しはじめている南野のペニスを弾く。
「っあ――」
 声を出さないように、と押し殺していたはずなのに、突然の刺激に耐え切れず思わず声を漏らしてしまった。
 じんじんと、痺れるような快感が腰にまわり、南野は頭上にあった枕を掴む。何かに掴まっていないとそのまま流されてしまいそうだった。
「普段、会社では凄く仕事が出来て、見た目だって格好良くて、誰にだってモテる南野さんなのに、今こうして俺の下でちんこ勃起させてるなんて、本当に夢みたいです」
 南野は唇を噛み締め、瞼を閉じる。有沢の言葉は麻薬のように体内に這入りこみ、脳の芯がじんと痺れていくようだった。
「有沢……もうっ……!」
 微かに首を振り、身体を捩って続きを強請る。中途半端に置いておかれた身体の熱は更なる高みを目指したいと渦巻くのだ。
「じゃあ、足開いてください。……あと、こっちの布団あげるんで、枕貸してください」
 と、有沢は南野に向かって布団を差し出した。その意図が読めず、南野は焦れったさに瞳を潤ませながら首を傾げてみる。
「慣らさないといけないんですけど、今の姿勢じゃ触り辛いんでお尻の下に枕敷いて、触りやすくしたいんです」
 そこまで言われて南野もようやく得心した。
 男同士でのセックスの知識はあっても、実際の手順についてはあやふやなところも多い。どう言葉を返していいのかも見つからず、差し出された掛け布団を受け取った南野は掴んでいた枕を渡し、膝を立てて足を開く。
 そんなところを見られるのは初めてだ。今までこれと言った大病もした事がない南野は、医者にもそんなところを見せた事はない。
 枕の代わりに受け取った掛け布団は、羞恥を誤魔化すにはこちらの方が好都合だった。抱き枕のように布団を丸めて抱きしめて顔を埋めれば、南野の表情を窺おうとする有沢の視線から逃れる事が出来る。そうして無防備に大事な部分晒している自身の心を落ち着ける事が出来た。
「足、もっと開いてくださいね」
 有沢は南野の尻の下に枕を挟み込み、立てた膝を両手でぐいと開いてその間に身体を滑り込ませて閉じるのを防ぐ。普段は下着に包まれている場所が冷たい空気に晒されて――心臓が一足飛ばしに鼓動を速めた。
 誰にも、どころか自分ですら見た事のない場所に感じる視線は新鮮で、これから起こる事への緊張が高まっていく。今か今かと待ち受けているそこに、ひんやりとした冷たさを感じる。
「んっ……」
「ローションです。なるべく痛くないように頑張りますけど、もしも痛くなったらすぐ言ってくださいね」
 有沢が自身の指にローションを塗りたくり、曝け出された後孔へと宛がっていたらしい。しばらくするとローションは肌の温度に馴染み、ぬるぬると粘つきを実感させる。
「深呼吸して、身体の力はなるべく抜いてください」
 そうして、南野が頷くよりも前に指はずいと侵入を始める。
「ひっ……う……」
 身体を割り開かれるそれは、痛みというより圧迫感に近い。身体の力を抜けと言われても入り込む異物を排除しようと勝手に身体に力が入ってしまう。せめて努力くらいはしようと深呼吸を繰り返すが、呼吸をする度に差し込まれた男の指を感じて余計に締め付けてしまう。
「南野さん、落ち着いてください。突然突っ込んだりしないですよ。俺もゆっくりするんで、南野さんもゆっくり深呼吸してください」
 優しい声音で促され、南野はその言葉通りにゆっくりすぎるくらいに深呼吸を繰り返す。開いた足の間に有沢の頭があるのだと思うと酷く緊張した。
 足を目一杯に開いて深呼吸を繰り返していると、次第に後孔に感じる圧迫感を受け入れられるようになってきた。しかし、有沢は決して慌てる事なく、南野の呼吸に合わせて徐々に指を深く突き入れてくる。
「いい子ですね。……もうすぐ、根元まで埋まっちゃいますよ。ほら、もう第二関節まで飲み込んじゃいました」
 たっぷりすぎるくらいにローションが塗られているのか、抵抗感はない。そして、第二関節まで受け入れてしまった後はすぐだった。ずん、と微かな衝撃と共に、人差し指の根本まで突き入れられる。根元まで飲み込んでいるせいで、尻にあたる有沢の手のひらの感覚が背徳的で情欲を煽る。
「ん……」
 痛みはない。ただ、誤魔化す事の出来ない異物感と、体内を内側から割り開かれる圧迫感だけが身体を支配していた。
「有沢……」
 不安で、堪らなかった。
 名を呼ばれた恋人は指を挿し込んだまま体勢を変えて膝立ちになり、南野と唇を重ねる。労わる様なキスは先程までの激しさを知らず、優しさに溢れたそれだった。
「痛くないですか?大丈夫ですか?」
 南野が小さく頷くと、目の前の有沢は満足げに微笑み、挿し込んだ指をそのままぐるりと内壁を擦るようにまわす。そして、空いた方の手はやや力を失いつつあるペニスを包んだ。そのまま、ゆるやかにペニスを擦り始める。
「ぁっ……有、沢……」
 ペニスに快感を流し込まれる度、後孔は咥え込んだ指をきゅんと締め上げる。指は力の緩まった瞬間を狙って南野の内壁を伸ばすように押しまわり、本来とは違う使い方をするための準備をしていく。
 初めの頃のような圧迫感はなくなった。その替わりと言ってはなんだが、奇妙な違和感が溢れ出ている。後孔を広げるように伸ばされ、指を抜き差しされる度に耐えがたい程の排泄感に侵される。しかし、ペニスは萎える事なく力を持ったままだ。
「二本目、入れますね」
「ひぁっ……」
 そう宣言すると有沢は一旦南野の体内から指を全て抜き去り、人差し指に塗りたくったローションを中指にも馴染ませるように二本の指を擦り合わせ、今度は二本揃えて後孔にあてがった。
――僅かな圧迫感はあった。しかし、それもすぐに消え去る。ペニスを触られている事でぬるま湯のようなゆったりとした快感が溢れ出し、自然と足の力が抜けていく。根元まで侵入しきった二本の指は中でブイサインをして体内を広げた。今まで味わった事のなかった感覚は、南野の情欲を煽るには充分だった。
「――この辺、前立腺なんですけどどうですか?」
 有沢は中のとある一か所で指を折り曲げそこを執拗に押し込む。
「んぁっ……何か、へっ……ん……」
 快感と言うにはまだ物足りなく、けれど、腹の中からおかしくなるような不思議な感覚が立ち上ってくる。ぎゅっと掛け布団を持つ手に力が入るが、下半身は砕けてしまったかのように力が入らなかった。
「変、ですか。いい兆候ですね。何回もしてたら、そのうち気持ちよくなりますよ」
 そう言って何度も何度もその場所を触り続ける。ペニスと同時に触られているせいで、腰に溢れる快感がペニスからのものなのかそれとも――そこから来ているものなのか、よくわからなかった。先走りの液体ははしたない程に溢れ、有沢の指を汚していた。
 どくどくと下腹が熱くなり、血液が集中する。絶頂はすぐ手の届くところにあるのに、刺激が足りず踏み出す事が出来ない。
 ペニスを擦られながら、顔を覗き込まれて、今一体自分がどんな表情を見せてしまっているのか――そんな事すら考えられないくらい、肉欲に支配されていた。快感を与えられる羞恥と、更なる快感を追い求めてしまう自分とで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「三本目、入れますね」
「あぁぁっ……」
 圧迫感と共に、体内を広げられる。男の筋張った指で前立腺の辺りをごりごりと擦られると、とろついた透明の液体はとめどなく溢れだす。
「やぁっ……有沢、……変、だって……」
 快感の予兆を感じて、南野は掛け布団を握りしめていた両手で、自身の体内を解す腕を止めようとする。
「大丈夫ですよ、怖くないです」
 ぎゅっと手首を握って指を抜こうとするのに男の腕はびくともしなかった。指を動かす度に腕に通る腱が何度も動き、それがなぜだかとても卑猥に感じられた。
「や、有沢……!そこ触んの、やめっ……」
 体内で感じてしまいそうになっている――だからこそ、このまま続けるわけには行かなかった。手首を握りしめて懇願する。未知の快感は不安で、ペニスで得られるそれとは質の違うものだ。南野が尻込みしてしまうのも仕方がないだろう。
「触るのやめて、俺の、入れていいですか?もう、結構解れてるんでそろそろ大丈夫だと思うんです」
 それ以上快感を得ない事に、明確な快楽に変わる前に止めたいと、必死だった。
「いれてっ……いれていいから、もうっ……」
 そこまで言うと、腕の腱はようやく動く事を止めた。
 妖しげな笑みを零した有沢はわざとらしく内壁に擦りつけるようにしながら指を抜き、南野は小さく身悶える。
 知らず知らずのうちに全身から汗が噴き出していたが、それは朝倉も同様だった。少し冷えた部屋の空気が心地良い。
 途切れた快感にほっと一息つき、枕の上に尻をのせて膝をたて、大股を開いた状態で全身を弛緩させる。吐息は荒く、落ち着く場所を知らない。
 再び南野の足の間へと移動した有沢はカチャカチャと金属音を立ててベルトを抜き去り、衣擦れの音をさせて自身の服を脱いだ。それからまた何かをしていると気付いて視線を遣ると、勃起したペニスにコンドームをはめていたようだ。
「それじゃあ、いれますね」
 その視線に気付いた有沢は、南野の方へにこりと微笑んで南野が頷くのを待ってから腰を寄せる。後孔に感じるそれは、指とは違う熱さだった。
 息を吐いた瞬間、後孔が大きく開かれる。
「っ――――!」
 散々慣らされたとは言え、男根を受け入れるにはそれなりの圧迫感を伴った。何度も深呼吸を繰り返すが、身体を串刺しにされるような圧迫感は消え去る事がない。
「南野さん……」
 有沢は南野に覆いかぶさり、その唇にキスを落とした。
 体内に有沢を飲み込んだ状態でするキスはこの世のものではないように感じた。キスをして、舌に上顎をなでられて身体がびくりと震える。それに合わせて体内のペニスを締め付けると、ペニスの脈打ちを感じられる。身体中が熱くて、どうにかなってしまいそうだった。
「ん……あ……」
 それでも、ゆっくりと時間をかけて根元まで飲み込む事が出来た。あらぬところに感じる有沢の下生えの触感が生々しく、これは現実なんだと教えてくれる。
 脈打つ男を咥えこみ、ペニスは勃起したまま快感を求めていた。
「動きますね」
 耳元で囁くと、南野のペニスを扱きながら腰を振り始めた。
 ゆっくりと優しく体内を蹂躙され、南野は声を必死で押し殺す。
 快感と呼べるようなものはまだない。ただ腹の中が重く、飲み込んだ男根を思うと扱かれているペニスがびくびくと震えた。
「イ……キそ……」
「イっていいですよ……。でも、南野さんがイっても俺がイクまで少しだけ付き合ってくださいね」
 そう言って、有沢は南野のペニスを更に激しく扱いた。そうされると今まで我慢出来ていたものが全て吹き飛んでいく。
「ひっ……ぁあああああ――」
 男を咥えこみながら味わう絶頂は酷く妖艶で、今まで有沢と得たどんな快楽よりも深く沈んでしまいそうだった。
 撒き散らした液体は自身と有沢の腹を汚し、しかし、それに羞恥を覚えるよりも前に有沢は自らのために腰を振り始める。
 先程までの南野を気遣ったものではなく、身を捩ろうとする南野の肩を抑え込み、締め付ける内壁を楽しみながら激しく快感を追う。
「うぁっ……ありっさわ……ひっ……」
 絶頂を迎えたばかりで敏感になっている体内を抉られ、怪しげな感覚が頭を擡げる。自分の上で腰を振る有沢はいつもとは違う雄の顔をしていて――脳内に星が飛ぶ。
「南野さんっ……可愛すぎて、優しくなんかできないですっ……」
 切羽詰った男の声に連動して内壁をがつがつと擦られる。セックスをしているのだと――実感が湧く。男を受け入れ、身体を繋げているのだと、実感が湧く。
 何度内壁を擦られ、何度声にならない悲鳴をあげた頃だっただろうか。一際奥まで突き込んだ男はぶるりと腰を震わせ、己の全てを解放した。



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