桃色ハート
※お詫び※
主人公を心(しん)と名付けたら心(こころ・気持ちの方の)と入り混じっちゃって大変読みにくい事になってしまいました。
途中までフリガナで対応したけどやっぱり微妙でした。ごめんなさい。


 二次性徴を迎える前の子供の足とはどうしてああも神々しいのだろうか。
 真山心(まやま・しん)はうっとりとした恍惚の表情で、幾人もの子供たち――二次性徴を迎えていない者が大半である――を眺めていた。
 体操服から覗く太ももには無駄な脂肪もついておらず、成長しきる前のまだ頼りない筋肉と柔らかな白い肌が可愛らしい。
 子供たちをそんな目で見てはいけない事は百も承知である。
――まして心は教師である。
 未来ある若者を導く立場の者が、導かなければいけない若者へ欲情してしまうなど言語道断の話だ。
「はぁ……」
 小さなため息を吐き、職員室の窓からグラウンドを覗く事をやめ自分の机へと戻る。
 幼い子供が好きで小学校教諭になり早数年、幸いな事に今まで理性を失って間違いを起こした事はない。
 子供たちに囲まれて働く事で心の安寧が崩れそうになる事もあるが――心(しん)の性癖は子供だけではない。
 きちんと大人にも反応する。
 しかし、それも世間一般に言えば通常とされるものではない。
 心(しん)の恋愛対象は女性ではなく、同性である男性だった。
 成人を迎え自立した大人の男か、二次性徴を迎える前の男の子が心の恋愛対象だ。なお、二次性徴を迎えてから就職をするまでの男は好みではないらしい。
 デスクの引き出しから携帯電話を取り出すと、予想通り恋人からのメッセージが届いていた。
『今日もうちに夕飯食べにくるだろ?颯太(そうた)が食べたいって言うからハンバーグ用意してる』
 恋人――由布宗司(ゆふ・しゅうじ)から届いたメッセージに『わかった、なるべくはやく行く』と返信をし、時計を確認する。
 時刻は午後一時を少しまわったところで、小学校の授業自体はあと二時間もすれば終わる。児童も順次帰路につくが、教師はそういうわけにも行かず、夜遅くまで学校に残っている事も珍しくない。
 今日ならば十九時には学校を出られるのではないか、とデスクの上に山積みになっているノートの束に目を遣った。
 生徒たちから提出された宿題たちだった。その一番上のノートには『由布颯太』と書かれている。――恋人の息子だった。
 宗司とは二年前から付き合っている。出会いは颯太が一年生だった春に行われた家庭訪問だ。
 颯太を産んで間もなく不慮の事故で妻と離別した宗司は、男手一つで颯太を育てていた。日々の仕事や家の事に精一杯で、いくら気を遣っても留守番を強いる事や食事を一人でさせる事も少なくはない。両親が揃い生活に余裕のある家庭に比べて子供の世話が疎かになってしまう。
 そんな宗司の手助けをしたい、と名乗り上げたのが、当時、息子の颯太のクラス担任である心(しん)だった。
 心(しん)にやましい気持ちはこれっぽっちもなく、純粋に子供らしく愛らしい艶やかな黒髪と、無邪気でころころと表情の変わる眩しい瞳と、思わず頬ずりしたくなるようなすべすべの手肌を守りたいと思っただけだ。
 そして心は忙しい教職の合間を縫ってプライベートの時間も惜しみなく颯太たち親子に注ぎ込んだ。学校や他の生徒たちにバレて贔屓だと言われないよう細心の注意を払う必要があったので、心(しん)は人目を避けて颯太たちの家へと通った。
 仕事へ行った宗司の帰りを待ちながら颯太へ勉強を教えたり、三人で食卓を囲んで食事をしたり――颯太との心の距離は近付き、しかし、それ以上に宗司とは身体の距離も近付いたのだった。
 宗司はどうやら女性も男性もどちらをも愛する事ができるタイプの人間だったようだ。自分の子――ひいては自分の事に身を削る心に心(こころ)を惹かれたらしい。
 そして、心(しん)も、一途に一生懸命に働いて子を育てる男の姿に惚れていた。
 幼く愛らしい颯太に心惹かれながらも、心(しん)と宗司の愛は無事に成立したのが、二年前の話だ。
 学年が変わった事で颯太のクラス担任からは外れたが、今も他の児童に心奪われる事なく宗司との関係は続いている。
 それから颯太は日に日に成長し、今のうちに一緒に風呂に入りたいという心の願いは尽く宗司によって退けられ、叶う日はまだ来ていない。
 心(しん)は思い出に浸りながら、あるいは現実逃避をしながら仕事を終わらせ、帰路についた。
 宗司と颯太の家は、当然の事ながら心(しん)の勤める公立小学校の校区内にあり、大人の足で十五分もかからない距離にある。
 玄関に到着し、インターフォンを押すと間もなくガチャリと玄関扉が開かれた。
「先生!おかえり!」
 声変わりをする前の少年特有の甘い綿あめのような声で心(しん)を出迎えた颯太は、心(しん)の手を引っ張り室内に連れ込んで行く。
 無防備で無邪気な姿は学校でも家でも変わらない。いつか誰か――イケナイ大人にイケナイ事をされてしまうのではないか、とイケナイ大人である心(しん)が心配してしまうくらいだ。
「真山先生、おかえり」
 玄関から続く短い廊下を抜けてすぐにあるリビングの扉を開けると、宗司はキッチンから食事を配膳しながらにこやかに微笑む。
「ただいま」
 自分の家でもないのに「ただいま」というのは一体どうなのだろうかと思いつつも、心(しん)の近頃の挨拶は「ただいま」だった。
 恋人である宗司は、颯太の前では心の事を「真山先生」と呼ぶ。
 二人の関係を颯太が一体どのように理解しているのかは心(しん)にはわからなかったが、宗司なりのルールらしかった。
「今日はハンバーグなんだよ!真山先生が来るって言うから、オレも一緒に食べたくて食べるの待ってたんだ!」
 心(しん)の足の周りで落ち着きなくうろうろと歩き回りながら笑う颯太は愛おしく、ハンバーグよりも君が食べたいんだよ、なんて口をつきそうになる。
「真山先生、こっちきてお皿運ぶの手伝ってくれない?」
 が、しかし、その思考は宗司に読まれてしまっていたようで――笑みの向こうに燃える怒りを感じた。
「……わかった」
 心(しん)にしたって、本気で子供に手を出すつもりはない。
 子供の身体に興味があって、子供にイケナイ事をするのは楽しそうで、あわよくば一生に一度でいいから精通する場に立ち会えたらと願っているだけだ。
 それなのに宗司は、心(しん)が颯太に対してオトナの情欲を渦巻かせると敏感に察知しめくじらを立てる。
 子を持つ親が自身の子を守るのは当然なのかもしれないが、宗司に信用されていないようで困ってしまう。
 心(しん)は指示された通りキッチンからダイニングテーブルへと三人分の食事の配膳を手伝った。
 白い皿には焼き立てのハンバーグと付け合せのグリルサラダ、それに茶碗に盛ったご飯とお茶、スープはお湯を沸かして注ぐだけのインスタントだ。
 颯太も箸を運び、全てが揃うとそれぞれ席についた。四人掛けのテーブルに、颯太と宗司が隣り合って座り、心は宗司の正面になる。
「いただきます」
 三人で手を合わせて声を出した。
 小学校教員という立場上、学校での食事に「いただきます」を欠かす事のない心(しん)だが、自宅で一人で食べる時には挨拶をしないし、宗司と二人で食べる時にも挨拶はない。颯太のための習慣だった。
「ハンバーグ美味しいね」
「颯太のために作ったからな」
 宗司の作る料理は美味い。妻を亡くしてから颯太のために料理を作るようになり、初めの頃は上手くいかない事もあったそうだが、十年近く毎日料理を作り続けた甲斐あってか今では颯太も心も十二分に満足できるものを作れる。
 心(しん)だって一人暮らしをしていて、自炊できないわけではないがおよそ十歳程も年上の宗司とは経験が違った。
 颯太はハンバーグとご飯をあっという間にたいらげると、グリルサラダはスープで流し込むように全て食べきった。
 野菜をあまり好まないらしいが、それでも文句も言わず全て食べきってしまうのだから、幼い頃から好き嫌いのひどい心は尊敬してしまう。
 大人と同量の一人前を食べきってもまだ足りないらしく、颯太は自分でご飯とそれを見越して余分に作ってあったハンバーグをお代わりし、食事を続ける。お代わり分のグリルサラダには手をつけなかった。
 宗司は部屋にあるカレンダーを見詰めていたかと思うと、ふと思いついたように颯太へ話しかける。
「颯太は運動会のお弁当、どんなのが食べたい?」
 その話で心(しん)も再来週には運動会が近付いていた事を思い出した。
 運動会の練習のために通常の授業が減り、運動場に立つ機会が増えている。夏に比べればまだマシだとは言え日差しは強く、颯太の肌も心の肌もこんがりと焼け、服に包まれた部分とのコントラストが目立ってきた。
「ウインナーと、から揚げと……あと、お父さんのおにぎり!大きいやつ食べたい!」
 颯太は指折り好きなものをリストアップすると、今度は満面の笑みで両手を広げ大きなおにぎりを身体で表す。
 目の前で交わされる親子の会話を少しだけ羨ましく思いながら見つめ、食事を済ませた。
 心(しん)が子を持つ事は、恐らく一生ない事だ。異性に興味がない事を自覚して以来諦めた事だ。子を欲しいとは思わないが宗司と颯太を見ていると時折言い様のない切なさが去来する。
 仕事をしながら日々の家事をこなすだけでも精一杯で食事はついつい手抜きをしてしまうが、子供がいればそうはいかない。
 仕事、家事、育児の全てをひたむきにこなし、颯太への誠実な態度に心(しん)は恋心を揺さぶられ、宗司に惚れたのだ。
「颯太はもうお腹いっぱい?ごちそうさま?」
 お代わりをしたご飯も全て食べ終え、両手を頭上にぐっと上げて伸びをした颯太の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「うん、ごちそうさま!今日もご飯美味しかったからとっても幸せー!」
 満足そうな笑みを見せた颯太は手を合わせて改めて「ごちそうさまでした」と挨拶をすると空いた食器たちを流し台に移動させてからリビングのテレビをつける。
 テレビからは見慣れた顔の芸能人たちの笑い声が聞こえた。
「颯太、風呂沸いてるから先入っておいで」
 宗司がそう声を掛けると、颯太は眉を寄せる。
「えー……でもテレビ……」
「だーめ。今日は真山先生もいるんだから、先にお風呂済ませちゃいなさい」
 心の前とは違う、父親の顔をした宗司が言っても、駄々をこねるように颯太は唇を尖らせた。
「ならテレビ見終わってから先生と一緒にお風呂入る?」
 見かねた心(しん)が助け舟を出す。
 すると、颯太はあからさまに眉を寄せて鼻白んだ。
「……いや、うん。……じゃあ一人で入ってくる。お父さんチャンネル変えないでよ!」
 そう言うと颯太は、まるで心の視線から逃れるかのように小走りにバスルームへむかっていった。
 颯太には心がイケナイ大人である事は隠しているつもりなのだが、その反応は一体どういう事なのだろうか。まさか渦巻く情欲を子供の颯太に見透かされているのではないか。
 だとすれば純真な子供の心に大人への第一歩を植え付ける事に成功したのではないかと、心(しん)の脳内は異様な興奮に包まれる。
「真山先生……」
 だが、宗司に冷めた目で睨まれ、我に返る。
「冗談だって。俺だって本気で颯太に何かする気はないって」
 いくら心(しん)だって社会的な地位や名誉を守りたいという気持ちはある。性犯罪者として刑務所に行くなんてまっぴらごめんだ。
 それに颯太は宗司の息子で、宗司にとってかけがえのない存在のはずだ。もしも間違いを起こしてしまえば同時に宗司との関係も切れてしまうだろう。
 今の心(しん)にとって――例え幼い子供に情欲を湧き上がらせる心だとしても、一番大切な恋人は宗司ひとりだけだ。
 宗司を傷つけてまで自らの欲求を押し通すつもりはない。――本当に我慢できなくなって誰かを狙う事を考えるのなら、宗司とは関わりない子供にすると決めている。
 ハンバーグの最後の一切れを食べ終わり、食事を終える。遠くの浴室からは颯太が一人で遊ぶ声と水音が聞こえてきていた。
「ごちそうさま。後片付けは俺がするよ」
「じゃあ頼むわ」
 心(しん)は使った食器や調理器具の後片付けを引き受け、宗司は乾いた洗濯物をたたみはじめる。
 こうしているとなんだか家族みたいだと錯覚してしまう。
 心(しん)は宗司と一緒に居たいし、家に誘ってくれるという事は恐らく宗司も同じ思いなのだろう。
 けれど、この家に住むのは宗司一人だけではなく、颯太もいる。
 今はまだ何もわからない子供だとしても、颯太は日に日に成長していく。
 ほとんど毎日家を訪れて食事を共にし、時には泊まっていく。休日があればどこかへ連れ立って出かける事もあった。
 そんな元担任と父親との関係に、ただの友達ではない何かを感じ取る日も遠くはないだろう。あるいは既に――。
 子供は大人が思っている以上に聡く、空気を読む。それは教師である心もよく知っている。
 いつまでもこのままではいられない。宗司に甘え、颯太に甘えきっている現状は決してよくない。颯太のこれからを考えれば、今すぐにでも止めたほうがいい。
 それなのに、止める勇気が出なかった。
 食器に汚れが残らないよう指先に神経を遣りながら蛇口から垂れ流した水で泡を流していく。
 この家は心地が良い。
 宗司と颯太のいるこの家は、心地が良い。
 平凡で幸せな家族の形が羨ましかった。
 心(しん)が洗い物を終え蛇口の栓を閉じると同時に、ばたばたと子供らしい豪快な足音を立てた颯太が風呂場から戻ってきた。
「いいお湯でしたー!」
 濡れた髪にタオルを被り、洗いざらしのシャツと短パンは部屋着のものだ。短パンからはみでる白い太ももに目をとられながら、心は「おかえり」と声をかける。
「テレビまだ終わってないよね!?」
 そう言って颯太がスイッチを入れてから誰も見ていないにも拘らずつけっぱなしになっていたテレビの正面を陣取った。
 颯太が離れていたのはほんの十五分程で、話題こそ変わってしまっていたが、番組自体はまだ続いている。
「まだやってるよ」
 普段自宅にいる時間もそう多くなく、テレビとは無縁な生活を送る心はいまいち興味の持てない番組だった。
 しかし、その番組には今期話題になっているお笑い芸人が出ていて、明日の学校ではきっと話題になるのであろう事が察せられた。
 本当に好きだから見ているのか、それとも皆の話題にのるために見ているのか――心(しん)にはわからなかった。
「お父さんと先生も一緒にみない?」
 心が宗司の方を窺うと目が合い頷いたので、二人はテレビの正面にあるソファへと移動する。
 二人並んで座り、颯太は二人の足の間、毛足の長い絨毯の上に座り込んだ。
 一緒にテレビを見て意見を交換し合い、時に笑うあうこの瞬間は紛れもない、家族団らんのひと時に違いない。
 その空間に自分がいてもいいものなのかどうか悩んでしまう。
 いてもいいものなのか、という点だけで見れば間違いなくいてはいけないはずだ。
 二人と血の繋がりもない、宗司の恋人というだけの存在だ。そして、宗司の恋人である以上、その子供である颯太への責任も出てきてしまう。
 宗司との関係がいつまで続くのかは誰にもわからなかったが、二人がただの友達なんかではなく肉体関係のある恋人同士だという事はいつか露呈してしまうだろう。
 それは宗司も理解しているはずだ。
 普段から子煩悩で、何があっても颯太を最優先に考える。自分よりも颯太の事が大切で、颯太が生きがいだ。
 それならば――颯太の健全な将来を鑑みるのならば、宗司と心は別れるべきではないのだろうかとさえ考える。別れるまでは言い過ぎだとしても、家でこうして共に過ごす事を、二人に付き合いがある事を悟られないようにせねばならないのではないだろうか、と。
 だが、今までに一度たりとも宗司からそのような提案がされた事はない。
 このままでいいのか、と迷う。
 迷ったところで自ら切り出す事は出来ないのだから、栓のない話だ。
 そうしていつしか団らんの時も過ぎ、夜は深くなる。
「俺は颯太寝かしつけてくるから。真山先生はお風呂どうぞ」
「わかった」
 この家に泊まる時、颯太が寝付くまでの間に心は風呂に入る、というのは暗黙のルールだった。
 子供部屋へ入っていく颯太に別れを告げ、心は浴室へと向かう。
 シャワーの水流が疲れた肌によく馴染み、汚れと共に流していく。流れたそれは心の足元で渦を巻き、やがて排水口へと吸い込まれた。
 団らんの時間から、大人の時間へと切り替わる。
 颯太が眠りの世界で夢を見ている間に、大人たちは夢のようなひと時を過ごす。
 シャワーを浴び終えた心(しん)は真っ直ぐに宗司の寝室へと向かい、宗司を待つ事にした。
 宗司の寝室はセミダブルサイズのベッドと、ワードローブが設置されているだけの簡素なものだ。
 セミダブルのベッドは一人で眠るには広々として丁度良いサイズだったが、とっくの昔に成人した男二人が一緒に寝るには少し辛いものがある。
 一体どれ程待った時の事だろうか。
 颯太を寝かしつけ、自身もシャワーを浴びた宗司はようやく寝室へと戻ってきた。
「心、お待たせ」
 二人きりのこの時間になって、宗司は心(しん)の名前を呼ぶ。
 颯太の父親の顔から、心の恋人の顔へと変わる瞬間だ。
「今日もお疲れ様。ハンバーグ、美味しかった」
 宗司の匂いのするベッドの上に仰向けで寝転がり、自身を覗きこむ男に唇を求める。
 ちゅ、と音を立てて重なる唇は柔らかく、けれど表面は荒れてざらついていた。
「心にそう言ってもらえるなら何よりだよ」
 吐息さえ感じられる距離で囁かれ、愛おしさがこみあげる。
 恋人の頭を抱えるように腕を伸ばし、更に深いくちづけを交わす。
 絡めた舌先から感じる体温と、愉悦の予感が溢れるように流れこむ。
 口腔を蹂躙する舌は粘膜を撫で、まるでその場所が自分のものであるかのように主張した。
「ん……」
 どちらのものかわからなくなった唾液を、喉を鳴らして飲み込む。
 宗司の手は捉えた心の頬から首、鎖骨、胸元へと伝い肌を撫でる。無意識のうちに、吐息に混じって甘えるような声が漏れだしてしまっていた。
「しゅ……じ」
 一日はあっという間なのに、夜毎の逢瀬が恋しくて待ち遠しい。
 昼間は曝け出す事のできない欲望を、宗司の前だけで曝け出す。
 唇を離した宗司は今着たばかりのはずの部屋着を脱ぎ捨て、ベッドを軋ませて心の隣へと滑り込む。今まで何度も肌を重ね、その裸体も見慣れているはずなのに、滑らかな肌と程よく鍛えられた身体は何度見てもうっとりとしてしまう。
 宗司の胸に飛び込んで、与えられる体温を貪る。きつく強く抱き締められて、今この瞬間を生きているのだと実感した。
「心、こっち向いて」
 顎を掴まれて、言われるがままに宗司と視線を絡める。そしてまた唇が重なった。
 今度は息をつく暇もない激しさを伴ったものだ。
 互いに粘膜を擦り、宗司が上顎をなでる度に心は耐え切れずに腰を揺らす。動きに呼応するかのように、宗司の手は心のシャツを捲りあげ素肌を撫でまわす。
 近頃、ほとんど毎日宗司と夕食を共にするようになり、まだまだ気にする程ではないと言え、以前より少しついた腹肉あたりを優しく撫でられて身動ぎをする。
 やがてその手は心の胸に咲く突起を見つけ、ツンと弾いた。
「んっ――!」
 甘く痺れる快感が身体を駆け巡り、息を詰める。男同士での行為に慣れ切った身体は、そこを弄られるだけで夢のような愉悦が溢れだす。
 触れるか触れないかのタッチで優しく撫でるように触っていたかと思えば、その次の瞬間には容赦なく押し潰す。充血し、勇ましく勃ちあがった突起を抓られ、快感に混じる痛みに吐息を荒げた。
 逞しい宗司の胸に縋り、もっと感じたい、と自身の股間を宗司の太ももへと押し付ける。強請るように舌を絡めしゃぶった。触れられもせずに勃起したそこは熱く、窮屈そうに下着を持ち上げている。
 濡れた瞳はいやらしく笑い、心の待ち望んだ下腹へと手を伸ばす。
 宗司は唇を離し下着をずり下げて心に性器を露出させた。
「心の、濡れてる」
 宗司の言う通り、血管を浮かせ天を突いた心の男根は先端を先走りの蜜でしとどに濡らし、男を惑わす芳香を放っている。
 その事実が、心の羞恥を煽る。
 恥ずかしさで瞼を伏せ、己の男根から視線を逸らした。
「心はどうして欲しいんだっけ?口で言ってくれないとわかんないよ……?」
 まるで幼子に言い聞かせるかのような優しい口調だったが、その内容は幼子に聞かせられるようなものではない。
「……いじわる……!」
 触って欲しくてたまらない。昂ぶった欲望は出口を求めて心の体内を荒らしている。
「素直に言ってくれたら、なんでもしてあげる」
 耳元で低く囁かれるそれは、喉から手が出る程に恋しい甘い誘惑だった。
 ごくり、と息を呑み、覚悟を決める。躊躇は一瞬だった。
 誰かと身体を重ねる事なんて数えられない程経験してきたし、勿論宗司が初めてというわけでもない。しかし、自分の欲望を口にする事は、何度経験しても慣れない。
――それでも、強請らずにはいられない。
 欲望に突き動かされるまま、口を開く。
「おち……んちん、触って……!」
 その言葉をきいた宗司は、にやりといやらしく笑った。
「よくできました」
 少しかさついた男の指先が男根を包む。敏感なそこを触られるだけでぞくりと危うい愉悦が込み上げた。
「んっ……」
 自分ではない誰か他人に性器を弄られる事で、一人では決して得られない快感が身体を駆け巡る。
 指は輪を作り男根を扱きたてていく。男の体温をそこから感じて膝が震えた。
 ペニスは透明の蜜を零し快感を訴える。
 もっと強く擦って、と、腰を振って男の手のひらに男根を擦りつけながら、心も逞しい男の肌を撫でて宗司の下腹へと腕を伸ばした。
 宗司の胸に潜り込むようにする。シャワーを浴びたばかりの肌は、宗司の香りに混じってほのかに石鹸の匂いがした。それが、心の脳髄を痺れさせる。
 茂みを掻き分け触れたペニスは緩やかに反応を見せており、嬉しくなって宗司と同じようにそのペニスを触る。
 すると頭上からは甘い吐息が落ちてくるのだから堪らない。
 快感を与えながら、快感を享受する。
 恍惚のひと時に溺れてしまいそうで、足のつかない沼で足掻く。
 しかし、足掻けば足掻く程終わりのない場所へずぶずぶ沈んでいくかのようだ。
 ペニスを擦られる度にじんじんと身体が灼けるような愉悦がこみあげる。頭はぼんやりとし、もう快楽の事しか考えられない。
 更なる快楽と、絶頂を求めて沼に溺れ、己が快楽を得るために相手に快楽を与える。
 二人分の乱れた吐息は部屋に舞い、清めたばかりのはずの肌にはうっすらと汗の玉が浮いていた。
「しゅ……じ」
 心が顔をあげ、強請る様な視線を向けると、恋人は察したようで二人は何も言わず体勢を変える。何度も重ねた肌はルールを覚えていた。
 宗司は仰向けに、心は宗司に尻を向けて覆い被さるように四つん這いになった。
 そして、心は目の前にきた宗司の男根を躊躇なく口に含んだ。
「ん……」
 いつの間にか宗司の男根からも滲み出ていた先走りの蜜が口内へ溢れる。その独特な味は、心にとって何よりのご馳走だ。
 吸い上げ、飲み込み、舌を這わす。唾液を塗り込めるようにすると、滴った唾液が白いシーツに染みを作る。
 宗司は甘い吐息を漏らしながら、心の尻たぶをぐいと割り開き、そこを観察するかのようにじっと見詰めた。
 普段は秘められた場所に視線を感じ、心の背がぞくりと震える。宗司が触りやすいようできる限り足を開いて腰の力を抜く。
 心の呼吸に合わせてひくひくと口を開け閉めするそこに、宗司は唾液で濡らした指を押し当てた。宗司の指は決して細くはない。男の中でも無骨で太い指を持っている。
「うぁ……」
 しかし、慣れた身体はそんな指でも難なく飲み込んでしまう。
 男の指に体内を割られるその瞬間は、たまらなく愛おしい。身体的な快感があるわけでもないのに被虐的な愉悦が駆け抜け、心のペニスはびくびくと震えた。
「心、くち離れてる」
 指を受け入れるために呼吸を繰り返す事に夢中で、ペニスを口から出してしまっていた事を指摘されて慌てて口に戻す。
 けれど、挿し込まれた人差し指で内壁をぐるりと掻き回され、咥える以上の事はできなかった。申し訳程度に舌を絡め、突き抜けるような快感を享受する。
「いぁっ……そこ……!」
 人差し指は覚えのある場所を抉り込むように刺激する。
 ちょうどペニスの付け根の裏側辺りをぐりぐりと揉み込まれ、溢れる愉悦は夢の中にいるかのようだ。
 そこを刺激されると、心の理性はどこかへとんでいってしまう。
 身体を支配するような快感が欲しくて、そこで得る絶頂が欲しくて、堪らない。
 頭の中が熱くて、おかしくなってしまいそうだった。
「ひっ……宗司っ……」
 再びペニスを解放してしまったが、今度は何も言われなかった。
 指先に感じるシーツに縋って掻き乱し、背を弓なりに反らせて与えられる絶大な快感に耐える。
 しかし、その快感は容易に耐えられるようなものではない。
 快感の神経を嬲られ、そこから甘い毒のように身体中に広がっていく。身体の中心から指先、足先、頭のてっぺんまで、余すところなく快感に支配される。
 二本目の指が侵入し、心の中をぐいと広げた。
 受け入れるようには出来ていないはずの器官が、受け入れるための器官へと進化する。
「あ……やぁっ……それ……」
 愉悦が、溢れだす。
 甘く強請る声は淫らに揺れ、快感を求める。
 喘ぐために開かれた唇からは飲み込みきれなかった唾液が溢れ、唇を濡らす。
 それでも同じ家で寝ているはずの颯太に聞こえてはいけない、と声量は僅かに残った理性によって抑えられている。
「一回イく?それとももう挿れる?」
「宗司が……欲しいっ……!」
 尻を振って男を誘い、愉悦の時を求める。
 体内を巡る熱は今すぐにでも放出したい程に熱く、しかし、指ではなく男根を咥え込んだ状態で味わう絶頂が――欲しかった。
 宗司は口元だけでニヤリと笑うと、内壁に押し付けながら指を抜き去る。
「んっ――」
 心の身体の下から抜けだした宗司は、四つん這いの心の腰を背後から抱える。
 そして、確かな熱と堅さを持つものが後孔へと押し付けられた。
 受け入れるために心が息を吐いて力を抜いたその直後、剛直は肉襞を掻き分けて侵入を果たす。指とは比べ物にならない圧迫感が身体を満たした。
 体内で脈打つ雄の感覚を、内壁を抉り嬲られる愉悦を待ち望んだ身体は差し込まれた男根にしがみつくように締め付ける。
「心、痛くない?」
 耳元で囁くように問われ、心はコクリと頷いた。
 圧迫感はあれど、痛みはない。身体が慣れていたせいもあるが宗司が入念に解していたからだ。
 宗司は心の腰を掴み、律動を開始する。
 動くたびにベッドが軋み、その音が部屋に響いた。
 男根は内壁を抉り、先程心が散々啼いた場所も容赦なく擦りつける。
 じんじんと全身に広がる愉悦に抗うかのようにシーツに縋る。けれど抗えるようなものではなく、襲い来る快感に呑まれてしまう。
「ひっ――ぁ……」
 漏れ出てしまいそうになる声を、唇を噛み締めて堪えた。
 背がぶるぶると震えているのは、心の感じる場所を執拗に捏ね繰り回して苛まれているからだった。
 もとより限界はそう遠くない場所にあった。だから、そんな事をされると強制的に絶頂へと追いやらてしまう。
「――――っ!」
 頭の中が真っ白になりそうな程の愉悦が、身体を駆け抜ける。差し込まれた男根をきつく締め付け、浮き出た血管や反り返った男の形さえも感じながら、白濁の液体を撒き散らす。
 隘路を駆ける液体は灼けるように熱く心の身を焦がした。
「しゅっ……!やぁっ……!」
 だが、心が絶頂を迎えているその瞬間も宗司の動きが止まる事はない。
「くっ――」
 背後から心の崩れそうになる腰を抱える男は低く呻いて自らの快感を追う。
 締め付ける肉襞に抗って男根を引き抜き、体内を掘削するように勢いをつけて貫く。
 絶頂の極みを味わっている身体にそれを凌駕する快感を打ちこまれる。
 脳細胞が焼き切れてしまいそうな快楽、許容量を超過した快楽は苦痛にも思える程だ。
 続けざまに与えられた快感により絶頂から戻ってくる事ができない。剛直に内壁を擦りあげられて生理的な涙が溢れる。
 決してイヤというわけではなく――快楽に浸る歓喜の涙だった。
 このまま過ぎた快楽を与えられ続ければ、きっとおかしくなってしまう。
 けれど抵抗する術は残されていない。四肢は既に自らの身体を支えられる程の気力も残っておらず、心は上体を突っ伏した。腰だけは宗司が抱えていたので、腰を反らして尻だけを高く突きだしている。
「んぁっ……」
 挿入された男根の角度が変わり声をあげる。
 男根は奥深くまで入り込み、抜かれるその刹那には張り出した先端で前立腺を強く擦る。
 割り開かれた内壁は己を責める男根に淫らに絡む。
 白濁の液体を吐き出したばかりのはずのペニスの先端から、再びとろりと勢いのない白濁が漏れだした。
 宗司に突き込まれる度に身体が揺れ、上体を突っ伏した事で乳首がシーツに擦りつけられた。快感というにはもどかしいその感覚でさえ、今は心の脳髄を痺れさせる。
「ぁっ……ひぁっ……」
 甘く喘ぐために開かれた唇から零れる唾液がシーツを濡らす。
 シーツは二人分の汗と心の唾液に精液にも濡れ、酷く淫猥な様相になっていた。
 後孔で得る愉悦は残った理性をも崩壊させる。
 頭がおかしくなってしまいそうな愉悦なのに、身体は更なる快楽を欲していた。溢れるような享楽に溺れてしまいたかった。
「心……」
 愛しい男が低く囁いた声は身体にじんわりと染み入って響く。
 宗司も絶頂が近いのだと悟り、心の内壁は無意識の内に男を搾り取るように蠕動していた。硬い怒張が自身の体内で感じているのだと思うと、身体だけではなく心(こころ)にも愉悦が訪れた。
 そして、宗司は心の一際奥にまで突き込むと、その中で自身を解放する。火傷しそうな程に熱い液体が心の体内を満たしていく。
 それと同時に心は何度目かの絶頂を迎えた。男の快感の証を流し込まれる事は、何よりも好きだった。
 このまま体内に宗司の子種を留めておければいいのに、と、できもしない事を望んでしまう程に。

 行為を終えた二人は颯太を起こさないように寝室から浴室へと移動し、身体を清めてからベッドのシーツを取り換えて眠りについた。
 行為の最中は気を遣う余裕がなかったにしろ、シーツのあまりの汚れ具合は冷静になってみればうんざりする程だ。
 真新しいシーツの上で、二人は寄り添って眠る。
 感じる体温が愛おしく、触れ合う唇が幸せを感じていた。
 そうして束の間の幸福は過ぎ去り、闇に覆われていた空には再び太陽が顔を見せる。
 青い空に浮かぶ白い雲、どこからともなく小鳥の声が聞こえ、流れる空気は心地良い。
 明るくなった室内にぼんやりと意識が覚醒をはじめたところで、遠くからピピピピ、と電子音が響いてきた。
 その音の発生源は颯太の部屋で、宗司の寝室からは耳を澄ませなければ聞こえない程だ。
 しかし、それでも二人は敏感に音を聞きつけ覚醒する。
「おはよ」
「おはよう」
 まだ寝ぼけ眼の恋人の顔は、今のこの時間しか見られない貴重なものだ。
 挨拶を交わしてベッドから抜け出る。
 電子音は目覚まし時計の音で、今もまだなり続いているという事は颯太が寝入り続けている、という事だ。
「心、颯太起こしてきてくれる?俺はご飯の用意しないと」
「ん」
 心は短く返事をすると部屋を出て、廊下を進んだ先にある颯太の部屋へと向かう。宗司は心とは廊下を逆方向に進み、台所を目指した。
 颯太の部屋の扉には、ひらがなで「そうた」と書かれた札がぶらさがっている。明らかに子供の、お世辞にもうまいとは言えない筆跡で、木札にマジックを使って書かれたそれが微笑ましい。
 目覚まし時計の音はうるさい程に鳴り響いていて、部屋の中の様子もある程度予想はついていたが念の為ノックをする。が、返事があるはずもない。
 心は躊躇いもなく扉を開けた。
 勉強机は組み換え式で、小さな頃はもちろん、大人になってもずっと使える、という謳い文句で売り出されたものだ。
 机の上は乱雑で漫画本や学校で配ったはずのプリント類が積まれている。
 ランドセルは床に放り出されているし、鉛筆だって転がっていた。
 どうやら颯太は片付ける事が苦手なようだ。
 日頃から宗司は口酸っぱく片付けるよう諭しているが、この調子では雷が落ちる日もそう遠くはない。
 出来る事なら自分がいないところで落ちて欲しいものだ、とため息まじりベッドを覗きこむ。
 掛布に、と用意されているはずの薄手の毛布を丸めて抱き枕にした颯太は、ピピピピと煩い騒音の中気持ち良さそうにすやすやと寝息を立てていた。
「そーた、朝だぞ」
 ハーフパンツから伸びる白い太ももは、覗き込めば下着が見えてしまうのではないかと思う程大胆に足を広げていた。少しサイズの大きいTシャツをパジャマ代わりにしていて、袖は肩付近まで捲れ上がっている。うっすらと筋肉のついた成長途中の腕はぎゅっと毛布を抱きしめていた。そして、そのシャツは裾が捲れ上がり腹をむき出しにしている。
 曝け出されたへそがまるで宝石のように輝いてみえる。
「颯太……」
 ここで手を出してしまってはいけない、理性は激しく警鐘を打ち鳴らす。
 握りしめた拳に知らずの内に力が入り、ごくりと生唾を呑み込む。
 捲れ上がったシャツの裾に手を伸ばし――ほんの少しだけ、自分の足元が地から揺らいでしまうくらいには迷って――引き下ろす。
「颯太!朝になったから起きろ!」
 声を張り上げ、細い肩を軽く揺さぶると颯太はむにゃむにゃと何か寝言を口にしてからゆっくりと瞼を開ける。
「……ご飯いらな……い」
 けれど、意識はまだ夢の中のようだ。
「颯太!」
 再び閉ざされようとする瞼に向かってもう一度声をかける。
「んぁ……」
 今度こそ覚醒したらしい颯太は目を両手で擦った。
「おはよ。今ご飯作ってるから」
 颯太が完全に起きた事を確認してから、煩く鳴り響いていた目覚まし時計を止める。
「ん……おは、よ……」
 ようやく覚醒した颯太はあくびと伸びを繰り返してから身体を起こす。
「顔洗って着替えたら朝ご飯食べにおいで」
「……わかったぁ……」
 まだ眠そうな颯太の返事を確認し、心は宗司のいるリビングへと向かう事にする。
 今日もまた、楽しい一日が始まる予感がした。
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