夏のおちん企画
※企画モノです。
突き抜けるような青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲は、まるで綿飴のようだった。
髪を撫でる潮風の香りと、肌を刺すようにギラつく太陽の光、足の裏に感じる軋む砂の感覚、指先に触れる冷たい海水、感じる全てが今は夏だと教えてくれる。
濡れた岩肌に背を預け、遙か遠くから聞こえる喧騒をどこか懐かしく思いながら地球の彼方へ続く水平線を眺める。
直(なお)はハーフパンツ形の水着姿で、曝け出された上体は小麦色に程よく焼けていた。
太陽からの恵みを反射して煌めく水面は眩しい程で、まるで現実ではない世界のようだ。
直は深呼吸をし、湿り気を帯びた夏の空気を胸いっぱいに吸い込む。
直は夏が好きだった。
自身が夏生まれだという事もあるだろうが、照り付ける日差し、絶え間なく流れ出る汗、触れた海水の柔らかさ、その全てが生まれ故郷のようにも感じられる。
よく晴れた夏の日、皆のいる砂浜の隅にある、誰の目にも触れぬ岩陰で夏を感じる事が、世俗の全てを忘れられる癒やしの瞬間だった。
煌めく海に視界を奪われ、このままどこか遠くへ行ってしまいたいとすら願う。
瞼が段々と重くなってきた。足先に海水が触れるほどの場所で眠ってしまってはいけない、そう思いながらも、ほんの五分だけなら大丈夫だ、と流されて眠りについてしまいたい心もあった。
ほんの五分、少しだけ――それがもう二度と引き返す事のない一歩だとも知らずに、直は踏み出してしまったのだった。
ここはどこだろうか、と直は辺りを見回した。
ほんの五分だけ、と思っていたはずなのに案の定ぐっすり眠ってしまっていたようで、辺りは橙色の夕陽が広がっている。
海にも橙が広がり、昼間とは異なった煌めきを見せていた。
見慣れた海、見慣れた砂浜――それなのに、何かが違う。
大好きなはずの潮の香りが今はやけに生臭く、足元はふわふわと頼りない。
足先に触れた海水は生温かった。足を引くと、その動きに合わせて水面がぽたりと揺れた。
いつもと同じはずの海は何かを飲み込もうと張られた罠のようにも感じられる。
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
逃げなければ――本能的がそう指し示している。
だが、何故逃げなければいけないのか、どこへ逃げればいいのか、検討もつかない。
その感覚が一体何に由来するものなのか、直には判断がつかなかった。
まるで世界を裏側から見ているかのような違和感だ。
得体の知れない焦燥と不安が湧き上がる心に気付かないふりをして、もう一度辺りを見回す。
何度見ても、直の見慣れている世界の仮面を被った別世界のように思えた。
家に帰ればこの違和感も終わるはず、根拠のないその考えを半ば無理矢理信じ込む事にして立ち上がる。
けれどその時、足先に違和感を感じた。
ずきり、と痛むその部分を覗き込むと、海水に浸かっていたせいで今まで気付かなかったが、右のふくらはぎから足首にかけていつの間にか薄らと切り傷が出来ている。
その切り傷は直も見たことのあるものだ。海ではよくある些細な怪我で、皮膚をフジツボが掠めた事によるものだった。
岩場でのんびりと水平線を眺めているうちにいつの間にかフジツボで足を切ってしまっていたらしい。
痛む、とは言っても動作に害が及ぶ程ではない。
立ち上がった直は夕暮れに包まれた砂浜を歩き、近くに止めていた自転車に跨って自宅を目指す。
ペダルを踏み込む度、海は後方へと流れ街に近づいていく。
先ほどまで感じていた違和感はまだ拭えないが、冷静に街を見渡してみればそれも自分の気のせいにも思える。
いつものように木々は風に揺れているし、公園では子供たちが「また明日」と、別れの挨拶をしていた。
毎日同じ時間にペットの犬の散歩をしているおじいさんと今日もすれ違った。
何も変わらない街、何も変わらない空、拭いきれない違和感――。
言い知れぬ恐怖を抱えたまま、直は自宅へとやっとの思いでたどり着く事ができた。
直の住む家は高台にある一軒家で、両親と妹の四人で暮らしている。
直が家に帰っても、家には誰もいなかった。けれど、それはそう珍しい事ではなかった。両親は共働きで、妹は来年に受験を控えた受験生で、どこか塾にでも行っているに違いない。
玄関をあがって自室を一直線に目指し、部屋のドアには内側から鍵をおとした。
電気を点けてカーテンを開け、窓を開け放つ。直の部屋の窓からは、海岸の全貌を見渡す事ができる。
先ほどまで散々堪能していた潮風が部屋の中にまで流れ込んでくる。
大好きな潮の香に心満たされれば、恐怖もどこかへ行くかと思っていたがそれはどうやら甘かったようだ。
潮の香を胸いっぱいに吸い込むたび――不安は増していく。
大好きなはずのその香りに、吐き気さえ覚える程だ。
直は下唇を噛み、窓を閉めた。
そして、ろくに着替える事もせずベッドへと頭まで潜り込んでしまった。
頭から足の先まで布団の中に入れ込む事で、押し寄せる恐怖と戦おうとしたのだった。
知らず知らずのうちに肩が震えている事に気付く。
今は夏で、部屋には冷房もついていない。それなのに我慢できないような寒気に襲われていた。
寒いのではなく、身体の芯が凍り付いてしまったかのような冷たさだった。
それなのに、足の切り傷だけがじんじんと熱を持って疼き始めてきた。
「うっ……」
ただの気のせい、放っておけば治る――と思う事も出来ないような熱がそこから広がり、やがて下肢全体へと広がった。
熱でじんじんと痛む身体は麻痺をしてしまったかのように自ら動かす事は出来ない。
その熱は徐々に上体へも広がっていく。
一体このままどうなってしまうのだろうか――そう考える頃には、既に全身のどこも自らの意思で動かす事はできなくなっていた。
身体が熱く、息苦しい。
呼吸はぜえぜえと荒く、何かを考える余裕もなくなってきた。
その時、なぜか熱は股間へと集中をはじめる。
熱は痛みを伴っていて、傷がある足を起点とし、内側を抉るような痛みを広げながら移動する。
「……っなんだよ、これ……!」
知らない間に傷口からよからぬ菌が入ってしまったのではないか――発熱し、寝転んでいるのに目眩を起こしている頭で必死に考えた。
病院に行かなければいけない、それよりも消毒液か。家のどこかに消毒液があったはずだ――。
けれど、身体は直の言う事を聞こうとはせず、腕さえも持ち上がらない。
意識は朦朧とし、夢の境がわからなくなってきた。
これが夢ならば――浜辺で目覚めたところから夢ならば、どれ程よいのだろうか。悪い夢ならば、目が覚めれば全て終わるはずだ。
奇妙な違和感も、言い知れぬ恐怖も、身体の異常も、全て夢ならば――。
暗闇の中、身体は宙を舞う。身体が軽く、足は地面に接していない。
自身の下を覗き込んでみても、光が届かない程に深いようで大地は見えない。
不思議と『怖い』とは思わなかった。
ひんやりとした心地良い空気が気持ち良い。
手を伸ばしてみる。手首も肘も肩も目一杯伸ばし、届かぬどこかへ届け、と伸ばしてみる。
だが、手を伸ばせば指先すら不明瞭になるような暗さだった。
ふと見上げれば、頭上では光の束が揺らいでいた。光は遠く、決して届かない場所にある。
風に流されるかのように揺らぎ、光は交わり、離れ、拡散する。
そして、直ははたと気が付いた。
ここは空中などではなく、水の中だ。肌に纏わりつく冷たい空気は海水だった。
水の中だ、とわかっても、不思議と呼吸はできる。
先ほどまで身体を覆っていたはずの気怠い熱はいつの間にか消え去っていた。それが消えたせいか、股間の熱をより強く意識してしまう。
頭の中がくらくらとする。
浮遊する身体は天地さえもわからなくなってしまったようだ。
じんと熱く疼くそこが全てなような気がした。
「んっ……」
足先に、何かが絡む。
にゅるりと滑る感触のそれは冷たく、大人人差し指程の太さだ。全長は長く、下を覗き込んでも見る事のできない、光の届かない水中奥深くから伸びてきている。
ぬめりけを帯びたそれは、まるで糸状のナメクジのようだ。
足を中心に螺旋を描きながら、足先からふくらはぎ、太ももへとゆっくり這い登ってくる。
「い、や……」
ここが夢の中である事は間違いのないはずだ。
人間は水中で呼吸などできないのだから、これが現実であるはずはない。
それなのに――足に纏う感覚はやけにリアルだ。
肌を這うその濡れた感触が奇妙に不気味で鳥肌が立つ。
怯えた声は上擦って掠れた。
「ひっ……!」
得体の知れない糸状のナメクジは太ももを超え、直の尻を撫でる。
まるで肌を検分するかのような動きで動き回り、太ももの付け根をまさぐったかと思えば、尻たぶを割り開いてその奥へと侵入する。
逃れようともがいても、地に足もついていないせいか大した抵抗にもならない。
ここが水中であるはずならば、泳いで逃れる事だって出来るはずなのだ。しかし、いくら両手を広げて水をかこうとしてみても、手のひらに水の感触は得られない。
いつの間にか身体に纏うナメクジの数は増えていて、光の届かない水中奥深くから伸びるそれは合わせて四本になっていた。
もう片方の足先を捉え足を広げるようにして一本、両腕を肘から指先まで絡めとるようにした一本、直の首に柔らかく絡む一本――そのどれもがそれぞれに意思を持って動いているようだ。
元々碌な抵抗も出来なかった直の身体の動きを完全に封じ、ナメクジは目的を果たそうとする。
糸状のナメクジは割り開いた尻の奥、普段は意識する事もないような場所につんと触れた。
反射的にそこに力を入れて窄めてみても、糸状のナメクジは容赦なくそこへ入りこもうとする。
「やめっ……」
引き攣った声が悲哀に響いた。
後孔に何かをいれるなんて、幼い頃の坐薬以来ではないだろうか。
「うぁ……」
自由気ままに動くナメクジは身体全体が滑る液体で覆われているせいか、想像していたような痛みはなかった。
しかし、無視しきれない圧迫感があった。
糸状のナメクジは自身の身体をうねらせながら開墾を押し進める。
首元に絡んでいたナメクジは、直の口内を目指した。
「んぐぅっ……」
細い糸状のそれはとぐろを巻き、直の口内を満たすと舌に絡む。
ぬるぬると痺れるように神経をまさぐるナメクジは、直の舌の上で先端から液体を吐き出した。
液体は甘く苦い、決して不味くはないがうまいものでもない。
吐き出そうとしても口いっぱいに入り込んだナメクジのせいで吐き出す事も出来ない。
いつまでも飲み込まず口に液体をためている直を見かねてか、ナメクジは再び液体を吐き出した。
「んっ……」
許容量を超えた液体は僅かばかり胃に流れ、そしてほとんどは唇とナメクジの隙間から溢れだした。
それでもナメクジは満足したのか、もう液体を吐き出す事はなく舌へ絡みなおす。
うねうねと、まるで口腔を堪能するかのような動きだった。
舌の上を這って喉の奥へ触れようとするかのような動きに、反射的な嘔吐感がこみ上げた。
喉の奥が痙攣し、口から胃がこみ上げるような苦しさだ。
だが、吐くことはできなかった。
ナメクジに喉奥を突かれて、涙が溢れだす。
逃れる事は出来ないとわかっているのに身体を揺さぶって抵抗を試みる。そして、その度に後孔へ埋まったナメクジを意識してしまう。
なぜこんな事になっているのか。
悪夢にしても意味がわからない。こんな苦しさを伴う夢などはやく醒めてしまえばいいのに――。
上からも下からもいっぱいに塞がれて、身もだえる。
飲み込みきれなかった唾液が唇から垂れ、口周りを醜く汚す。
呼吸さえままならない苦しさに肩を震わせたところで、ナメクジはようやく直の口を解放した。
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸が出来るという事はどれ程素晴らしいものだったのか――改めて実感した。
逃げたくて逃げたくて、けれどどうすればいいのかわからない。
目を醒ましたいと思っても、この夢から逃れる方法がわからない。
まして、あまりにリアルすぎる種々の感覚に、本当に夢なのかすら曖昧だ。
叫びだしたいような絶望感は、直が今までに築き上げたはずの、自身を支える土台を全て崩していく。
暗闇に近い水中に全裸で、得体の知れないナメクジに身体を拘束されているこの事態を、受け入れる事が出来なかった。
口から這い出たナメクジは、直の様子をよそに首から胸、臍、と身体の中心を伝って最下部にある性器へと到達する。
「やっ……」
足や手に絡んできたのと同様に、萎えた男性器にも螺旋を描きながら絡みついてくる。
もとより熱を持て余していたそこだ。
そんな些細な動きにでも、飢えた男性器は敏感に反応をはじめる。
疼く熱はこんな状況だというのに萎む事はなく増すばかりだ。
それと同時に後孔へ埋まっていただけのナメクジが内壁を広げるように蠢いた。
体内を擦る初めての感触に息をのむ。
普段、そこは直にとって忌むべき場所にも近い排泄器官だ。
そんな場所に入り込んだナメクジは一体何をしようというのか、直は恐怖に慄いた。
冷たくぬるついたそれは怪しげに体内を這いまわる。
ナメクジは身体を折り曲げ、二重、三重となって直の後孔へと入り込む。
侵入を拒みたくとも、直はただ受け入れる以外の道は残されていない。
「いっ……」
叫びだしたくなる衝動をすんでのところで堪え、声をのみこんだ。
体内の自分で触れる事も出来ないような奥深くを抉られ、奇妙な感覚に拘束された身体が跳ねる。
続けざまに内壁の一部分を擦られ、奇妙な感覚に吐息を熱くする。
覚えのある感覚は、快感と呼ばれるものだ。
「ぁ……」
ナメクジに捉えられた性器は擦れ、くすぐったいような悦がひろがった。
内壁に備えられた一部分を抉りこむような動きで擦られる度、ペニスは先端の穴をひくひくと開閉させる。
体内を擦られる事で快感を得ているだなんて、信じたくもなかった。
舌を噛み切りたいような衝動と――これが直の信じる通り本当に夢なのならば、この先の快感が気になった。
相反する欲求に戸惑いながらも、直は僅かに身悶える程度の抵抗しか許されてない。舌を噛み切る事が可能だとしても、実際に噛み切る勇気などない。
もしも、夢ならば。
これが現実であるはずはない。いくら感じる糸状のナメクジの感覚や、身体に湧き上がる苦しさや愉悦がリアルだとしても、こんな非現実が現実であるはずはない。
だから、これは夢なのだ。
そう思い込む事が直の精神安定のための手段だった。
「んっ……」
直は身体の力を抜き、糸状のナメクジに身体を預けた。
浮遊するような水中で、身体は流れる事なくナメクジに捉えられている。
辺りは暗闇だったが、見上げれば無数の光の束が蠢いていた。
光の束は恐らく水面を指示しているのだろう。
水面は直のいる場所からは遠い。
ここからは手の届かない場所を照らす太陽の温かみが恋しくて、けれど、この冷たい水中も心地良かった。
あれほど怖かったはずのナメクジたちも、冷静になってみれば怖い事なんてひとつもなかった。
直の性器を包んだナメクジは、不意に性器を擦り始める。
それと同時に直が感じていた内壁も突き上げた。
そこから得る快感は、今まで直が味わってきたどんなものよりも深い。
抉られる度に怪しげな吐息が漏れだしてしまうくらいだ。
内壁の感じる場所を擦られると、直のペニスからはぽたぽたと先走りの液体が溢れだした。
痺れるような愉悦を貪りながら、身体を委ねる。
身体の外側と内側、両方からの刺激は不慣れな身体にも確実に快感を覚えこませようとするかのようだ。
「うぁっ……」
その時、頭上から降り注ぐ光は強くなり、眩さに俯いて目を眇めた。
そして、まるで雲が晴れたかのように今まで光の届いていなかった部分まで照らしだす。
「なんだよっ……これ……」
直は自分の遥か下方を眺め、糸状のナメクジを操るものの正体を知り愕然とする。
遥か下方に広がるのは、中心部にぱっくりと口をあけた岩のようなものが寄り集まり、不規則的に規則正しく並んでいた。
そのグロテスクにも見える塊は、海に馴染みの深い直は毎日のように見飽きた――けれど、今眼前にいるのは見飽きたものよりもずっと巨大な身体を持つフジツボだった。
糸状のナメクジは口をあけたフジツボの穴から伸びている。糸状のナメクジはそのフジツボから出た触覚と生殖器だった。
「ひっ……」
直は今自身が置かれている状況を理解する。
怖くない、と思い始めていたばかりなのに、恐怖は何倍にもなって再来した。
「いやぁっ……たすけっ……!」
誰にともなく叫び、助けを求める。
だが、直がそうして抵抗をすればする程、足や腕を拘束する触覚の力は強くなっていくばかりだ。
抵抗する直を抑えつけ、内壁を抉る生殖器は更に強く擦る。
体内からごりごりと音がしそうな程に感じるその場所を強く抉られて、直は自分の意思とは関係なく吐精した。
「やめっ……」
絶頂のその瞬間も内壁を擦る動きは止まらない。
目を剥いて頭がおかしくなってしまいそうな快感に身悶えても、フジツボの生殖器はまだ終わりを見せない。
「ひぃぃぃっ……」
限界を超えた快感に、身体中の細胞が焼き切れてしまいそうだった。
直のペニスを擦っていた触覚は吐き出された精液を直自身に塗りたくる。
数度目の連続した絶頂を味わったその直後、フジツボの生殖器は直のひときわ奥へと入り込む。
そして、そこで精を放つ。
「あああああ」
身体の奥深くに流し込まれるその感覚は、この世のものとは思えない極上の快感だった。
自分の身体が作り変えられてしまうかのような、背徳的な愉悦だった。
全てを流し込まれて、直は行為が終わったのだと悟る。
フジツボの子種はさらさらとしていて、受け止めきれなかったものは差し込まれた生殖器の間から漏れ出した。
直が目を覚ますと、そこは見慣れた自室だった。
煌々と室内を照らす蛍光灯が眩しい。
ここがどこなのか、今はいつなのか、瞬時には判断がつかなかった。
辺りを見回して、納得する。
海から帰ってきてすぐに寝入ってしまい――とても長い夢を見ていたようだ。
記憶は断片的で、全てを覚えているわけではない。
けれど、水中で得たあの快感だけは確かなものだった。
思い出すと腰の奥がきゅんと切なくなる。
そして、思い出したくもないくらいに嫌な夢だった。
直は身体を起こし、ベッドから立ち上がろうとしたところで違和感を覚えた。
「……?」
被っていた夏用の薄い布団を剥ぎ、右の足首からふくらはぎにかけてを見る。
昼間に怪我をしてしまっていた傷はまだじくじくと痛んではいたが特に異常も見られない。
違和感は気のせいだったのだろうか。
直が首を傾げたところで、手首についた痕に気付いた。
肌の上に螺旋を描くそれは、夢の中で腕に巻き付いていたそれと被る。
夢が現実であった証だった。