あいしてる、と呟く口元は狂気に笑っていた。



 諦めた方が楽なのは、確かに西野の言う通りなのだろう。空虚と切なさが胸を占拠する。
 自分を慕ってくれる西野の事は、大切な後輩だと思っていた。文筆業で世間から認められ、成功した後輩ではあったが、決して驕る事なく自分を慕い続けてくれていた。
 親友にも近い存在だったはずだ。
 それなのに、今は――。
「こうして白橋さんのおちんちん咥えられるなんて本当、夢みたいです」
 今は、白橋の股間に顔を突っ込み、男性器を口に咥えて悦に浸っているのだ。
 歯を食いしばって西野を無視する。これが夢ならば、どれほどよかったのだろうか。
「くっ……!」
 唾液を絡ませた西野の指が白橋の後孔に潜り込む。
「息吐いて力抜いてくださいね」
 異物感と、痛み。息が詰まって、そこから異物を排除しようと下腹に力がこめられる。が、異物は排除されるどころか更に奥へ奥へ進んでくる。
「無理だって……抜いてっ……!」
「力抜いてくれたらちょっと楽になりますから、ほら深呼吸してみてください」
 今まで意識もした事がない場所へ、飲み込むべきでないものを飲み込まされる。引き攣れる様な痛みと混乱の中、西野に促されるまま深呼吸を繰り返す。受け入れようと思ったわけではなく、ただ少しでも楽になりたかったのだ。
 繰り返す呼吸に合わせて、西野はじりじりと指を進める。
「息詰めないで、……そうです、さっきよりは楽ですよね?白橋さんいい子ですよ」
 まるで、駄々をこねる幼子に言い聞かせるような落ち着いた優しげな口調で――思わず縋ってしまいそうになる。
 息を吐いて力を抜く事で、異物感はそのままだったが、痛みは随分和らいだ。
「ああ萎えてきちゃいましたね……かわいそうに」
 言いながら、西野はぱくりとその力を失くしかけた陰茎を口に咥える。
「やめろって……」
 後孔で男の指を咥えこむ苦痛を感じながら、陰茎では快楽を感じる。そのばらばらの刺激に頭がおかしくなってしまいそうだった。
 逃げたいのに手足を拘束されて身動きをとる事はできない。ただ与えられるままに、その刺激を享受する事しか残された道はない。
「んっ……」
 亀頭の感じる場所を優しく舌で扱かれて、体内に埋め込まれた指をきつく締め付ける。
 西野は陰茎に滴る程の唾液を絡ませ、蟻の門渡りを伝わせて後孔を潤ませる。孔の入り口を執拗に濡らす事で、初めに比べれば随分と滑りがよくなったようだった。
「……この辺とか、どうです?」
「ひっ――」
 不意に、奥を目指すだけだった指が折り曲げられる。ちょうど陰茎の付け根の裏側辺りの内壁をこん、とノックするように突かれ、体内を弄られる経験もした事のない妙な感覚に悲鳴のような声を漏らした。
 指はその場所をぐっと押し込むように動きを止め――やがてそこに甘い疼きが生まれる。快感と認めるには甘すぎて、頭の芯が蕩けてしまいそうな刺激。
 強すぎるその未知の刺激を逃そうと、不自由な体勢で弓なりに背を反らした。
「白橋さん、素質ありそうでよかったです」
 今は、その言葉に答える余裕もなかった。
 快楽の濁流が、抑え付けられたその場所からこみあげてくる。声を抑える余裕もなかった。
「そっ――!やめっ……あっ……!」
 指は時々力を弱め、内壁を広げるように掻き回し、再びその感じる場所をぎゅっと抑え込む。
 もう西野は陰茎を咥えてはいない。それなのに白橋の陰茎は萎える事無く天を突き、それどころか先走りの液体を漏らし、西野の唾液と合わさって己をきらきらと彩っていた。
 裸のコンクリートが寒々しいこの部屋は、白橋の甘い声を執拗に反響する。
「こんなに動けなくなるまで拘束されてちんこ勃起させて、男の俺に愛撫されて派手に喘いじゃって……こんな淫乱だなんて知らなかったですよ」
 頭を振り乱してその指に与えられる快楽を堪能する。
 後孔を広げられ、二本目の指を飲み込まされるが、一本目の指を受け入れた時のような苦痛はなかった。
「くっ……!」
 開かされた足――あるいは、自ら開いた足の間にそそり立つ男根を揺らしながら腰を振り、挿入されたその指に陣の感じる場所を押し付ける。触られてもいない男根はびくびくと脈打ち、更に先走りの液を流し続ける。
「ねえ、白橋さん本当に初めてなんですか?こんなの、初めての反応じゃないですよね?」
 毒のように甘い快楽は身体を支配し、思考よりも先に本能に基づいて身体は動く。
「はじめてっ……に、決まってるだろ……!」
 体内に男の指を感じる。妙に背徳的で――もどかしい。
「……それが本当なら嬉しい限りなんですけどね」
 言って、西野は二本の指で一際強く中を押し込めながら、陰茎を口に含んで強く吸い上げる。
 それが、合図だった。
「ひっ――――」
 どくどくと、身体全体が心臓になってしまったかのように脈打ち、西野の口内へ子種を撒き散らす。
 尿管を駆け抜ける精の迸りと、絶頂のその瞬間にも体内に埋め込まれた指を感じ、締め付け――今まで得た事のない浮遊感を伴った絶頂だった。
 そして、吐き出した精は全て西野が余すことなく喉を鳴らして飲み込んでしまった。
 余韻は深く、羞恥と絶望が心を占拠する。吐息は荒く、肌はしっとりと汗に濡れていた。身体が熱く、今はコンクリートの冷たささえ心地良い。
「ごちそうさまでした」
 西野は指を抜き去る。
 一度絶頂を迎えたはずなのに、なぜか物足りなかった。初めて経験した体内から生まれる快感を、もっと味わっていたかった。
 抜き取られた事で途絶えた快感を求め、身体は疼き続ける。それを求める声はすんでのところで抑える事が出来た。
 西野は白橋に圧し掛かるように体勢を変え、その瞳をじっと見詰める。
 絡まる視線は熱く――狂気の色が混じっていた。
「まあ、どちらにせよ白橋さんのこれからは俺だけのものです。もう二度と誰にも触れさせたりしませんから、安心してください」
 どこをどう安心すればいいのだろうか、言い返す心の余裕もなくなる程に視線は真っ直ぐで、白橋の心を抱き込むのだ。
 唇が合わさる。
 何度も何度も、白橋の唇の柔らかさを堪能するかのような触れるだけのキス。大切な想い人にするかのような、蕩ける程に甘いキスだった。
 ベルトを外す金属音と衣擦れの音が続き、西野が服を寛げて自信を取り出した事がわかった。
 西野はローションを手に取り、勃起した陰茎に塗り込める。
「西野……本当に、すんの……?」
「今更何言ってるんですか」
 見下ろすと見える西野のそれは、日本人の男性器としては平均よりやや大きめというところだろうか。張り出したカリと長さが特徴的だった。
「ずっと、白橋さんの事が好きだったんです。ここで一生飼って、俺だけのモノにしたいって思うくらいに愛しているんです」
「そんなの……!俺の意思はどうなるんだよっ!俺は……そんなの嫌だし、ここで、こんなところで一生暮らすなんてまっぴらごめんだ……!」
 西野は本気なのだ、と今更ながら実感する。快楽の余韻はいっきに吹き飛び、冷や汗が背筋を伝う。
「あなたの意思なんてどうでもいいんです」
 けれど西野は、ぴしゃりといつになく厳しい口調で続けた。
「あなたの意思を尊重すれば、俺を愛してくれるんですか?ここから解放すれば、白橋さんは俺を愛してくれるんですか?」
 じっと瞳を見詰めながら言われて、黙りこくる。
「……ほら、あなたに自由を与えたところで、俺が幸せになれるわけじゃない。なにもあなたを不幸にしようと思ってるわけじゃないんです。……確かに、ここで閉じこもって生活するのは不便な事もあるかもしれないですが、それでも、人とは違う形になりますがあなたを幸せにしてあげたい気持ちはあるんです。俺は、白橋さんがそばに居てくれるだけで幸せなんです。俺も、白橋さんを幸せにできるよう、全身全霊で尽くす覚悟はあるんですよ。……あなたが俺を愛してくれなくてもいい。嫌いでもいい。でも、俺はあなたと一緒にいたいんです」
 まるで、それが正しい事のように、何も間違っている事はないのだというように語られる。
 うっかりすればその言葉が正しいのではないかとさえ思える。
「……そんなの、おかしいだろ……」
 だから、その言葉を否定する言葉は酷く弱々しかった。
「おかしくてもいいですよ。何度も言いますが、俺は白橋さんと一緒に居られるだけでいいんです」
「犯罪っ……だろ、今は何もなくても、そのうち会社の奴とか、親とかが気付いて――もしかしたら、お前は捕まるかもしれないし」
「捕まってもいいですよ。捕まるまでの間のうちだけでも白橋さんと一緒に過ごせるなら、それでもいいです」
 真っ直ぐに、どこにも寄り道せずに伝えられる言葉は、西野の本心なのだろう。今まで白橋が気付かなかった想いなのだろう。
「一生、離しません」
 男根が、後孔に押し当てられる。
「にしっ……まって……!」
 白橋の制止の言葉を無視して、西野は狭い道を割り開いた。
「くぁっ……!」
 指とは比べ物にならない程の質量が体内に埋め込まれる。体内も埋め込まれる男根も執拗なまでに濡らされているせいか痛みはない。あるのは割り開かれる圧迫感だけだ。
「すご……白橋さんのナカ、すごくいいです」
 恍惚とした声色で告げられて、身体の奥がきゅんと絞まる。
 何度も深呼吸を繰り返して男を受け入れるのは――どこかで何かを期待しているからだろう。
 指で抑え込まれるだけで我を忘れる程に感じたあの場所を、西野の太いもので抉られればどうなってしまうのだろうか――。
 心とは裏腹に身体の貪欲な欲求は溢れ出るばかりで留まるところを知らない。
 男根はゆっくりと身体を貫き、根元まで埋め込んだところで動きを止めた。体内で脈打つ男根がやけに非現実的だった。
 西野の熱い吐息が首筋にかかり、びくりと身体を震わせた。
「白橋さんも、気持ちよくしてあげますね」
 そう言って西野は白橋の隣におかれた玩具の入ったコンテナケースに腕を突っ込み、ごそごそと中を探って何かを取り出した。
「な……に……」
 身体の中に飲み込まされたまま、腹の上に取り出した玩具を置かれる。
「オ、ナ、ホ、使った事あります?」
 一言ずつ区切って言われて、その単語を理解しさっと頬を赤く染めた。
「使っ……!なっ、そんなの、なんでお前に言わないといけないんだよ…!」
「あはは、使った事ないんですね。なら好都合です」
 そして西野はそのオナホール――シリコンでできた細長い筒状のそれに男性器を受け入れる程の穴をあけ、中は程よく凹凸があり自慰の際に用いられるよう作られた玩具だ。それにローションを塗りたくり、身動きする事もできない白橋の萎えた男根を扱いて軽く勃たせてから被せる。
「ん――!」
 冷たさは、己の体温に馴染んですぐになくなる。ローションによって滑りを加えられたそれは、ただ被せられるだけでも身体の芯が熱を持つような甘美で極上な感触だ。
「どうです?お気に召すといいんですが」
 言いながら、オナホールを上下に動かし、白橋の陰茎に刺激を与える。
「あっ……やめっ……西野っ……!」
 手で扱くのとは全く違う――強制的に与えられる悦楽は、いくらそれを拒もうとも白橋の思考を侵していくのだからたまったものではない。
 口を開けていれば聞くに堪えない甘い声があがり、白橋は唇に歯型がつく程に強く下唇を噛み締めた。
「あ、気持ちいんですね。身体びくびくしてナカもすっごい絞まってる」
 優しく囁くように言われながら男根を僅かに引き抜かれ、そのえも言われぬ排泄感に頭を振る。そして、引き抜かれたそれはまた強く内壁を擦りながら身体の奥を突き上げる。
 今まで知らなかった場所を貫かれ、異物感と――男に抱かれているのだという実感は、気が狂いそうな程だった。これが現実だという事を信じたくなくて――。
 けれど、絶え間なく与えられる男根への刺激は、確かに現実の快楽だった。
 後孔に感じる苦痛は快楽に侵食され、曖昧模糊に霞んで消える。心は男を拒んでいるのに、身体は男を求め続ける。更なる快楽を求めて男根は天を突き、それどころか後孔さえ疼いてしまう。
 心と身体はバラバラで、まともに思考をする事すら困難だった。
「う……ぁ……」
 オナホールでペニスを扱かれると、濡らしたローションがぐちゅぐちゅと卑猥な音を立て、結合部から泡立って漏れた。貫かれる度に目の前には火花が散り、酸素を求めて大きく息を吸い込む。
 味わった事もない大きな快感が広がり、四肢を痺れさせる。
「白橋さん、愛していますよ」
 大きく腰を引き、先程白橋が散々善がった場所を何度も抉る。
「ひっ……」
 剥きだしになった神経の塊を嬲られるかのような絶大な快楽は、うっかり虜になってしまいそうな程だった。
 自分の知らなかった体内の一番感じる場所を掘削するように貫かれ、それと同時に陰茎をシリコンで責め立てられる。声を我慢しようと必死で閉じていた唇は知らぬ間に開いていた。
「あっ、そこ、……ひぁっ……だめっ……」
 身体を拘束され、身動きできない状態で身体を支配する快楽を与えられる。
 それが、これ程までに気持ちの良い事だったとは――白橋は今日、初めて知った。
「イ、くっ……にし……のっ……」
「イっていいですよ」
 前立腺を強く押し込んだ西野はそこで腰を止め、白橋の陰茎を、包んだシリコンで扱きあげる。
 白橋の背が大きく反り返り、内腿から下腹にかけてが微かに痙攣する。
「あっ――――――!」
 後孔に差し込まれた男を強く締め付けながら、頭の中が白く染まる絶頂を迎える。身体の血液が全て逆流していくような、脳が蕩けて流れ出すような、今まで培ってきた全てを投げ捨てるような、そんな圧倒的な快楽だった。
「本当、可愛いですね。こんなに可愛い白橋さんがずっと俺だけのものになるなんて、夢みたいです」
 西野はそう言うと白橋の陰茎に被せていたシリコンを取り去り、まだ全てを吐き出し終えてない白橋の体内を掘り返しはじめる。
 びくびくと小刻みに震える内壁を割り開き、己の快感を求めて腰を振る。白橋の腰を掴む西野の指先は白くなる程に力が込められていた。
「や……まって、西野っ……」
 絶頂を迎えたばかりで敏感になった身体を容赦なく貫かれ、そのあまりの快感に白橋は身悶え、悲鳴をあげる。
 いくら制止の言葉を口にしても白橋の動きは止まる事はなかった。
「白橋さんっ……!」
 一際奥まで貫かれ、男の体液を流し込まれる。体内で脈打つ男を感じるのは酷く倒錯的な愉悦だった。
「にしの……」
 自分を抱く男の名前を呼ぶ声は震えていた。
 やっと終わる、と息をつきかけて、けれど西野は再び動き始める。
「あぁっ……」
 西野が体内に精を放ったせいで、律動の度に後孔からぐちゃぐちゃと濡れた音が部屋に響き、結合部からは泡立ったそれが溢れだし身体の下に敷いた毛布を濡らす。
 まるで獣の行為のようだった。己の身体を貪る男に与えられる刺激は、暴力的な快楽だけだ。甘さなんてどこにもない、肉欲だけを満たすそれで――
「あいしてる」
 けれど、その男の瞳は酷く甘く、真っ直ぐだった。
「あいしてる」
 何度も囁かれる言葉は、その唇の動きを覚えてしまう程に執拗で、白橋の身体に深く浸透していくようだった。
 何度目かに体内に精を放出された頃、白橋は意識を手放し、初めての饗宴は終わりを迎えた。そして、この饗宴はこれからも何度もあるのだろと予感する――。
 意識を手放す瞬間に見えた、あいしてる、と呟く口元は狂気に笑っていた。

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