獰猛な指先 第十一話



 四つん這いになって腰を突き出し、男を誘う。反らした腰はきゅっと引き締まって細く、男を知っているそれだった。
「ひぃぃぃっ――」
 解れた穴に男根が射し込まれる。絶頂を迎えて熱を孕み、収縮を繰り返すそこに指とは比べ難い程の圧迫感がやってくる。
 みっちりと隙間なく埋められ、息苦しさに空気を求めて開いた口には圭吾の男根を咥えさせられた。
 二本の男根を突き込まれ、まるで一本の棒で貫かれているかのようだった。喉の奥に触れる圭吾の男根は反射的な嘔吐感を誘い、喉がひくひくと嫌な痙攣を繰り返して粘度のある唾液がこみあげる。
「んぐぁっ……」
 後孔の肉棒が律動を開始する。
 内臓ごと引き抜かれているのではないかと思うくらいの、腰が砕けるような快楽が全身を覆う。
 張り出たカサの部分が先程散々に苛められた前立腺をまくりあげ、そこから伝わる愉悦は極上だった。
 それと同時に口腔内をまるで性器かのように犯される。唇にじゃりじゃりと陰毛がぶつかる程まで奥に突っ込まれ、歯をあててしまわないようにする事だけで精一杯だった。
「んっ……ぐっ……」
 こみあげる吐き気が苦しくて、生理的な涙が溢れる。
 それなのに抵抗する気は起きなかった。
 感じているのは苦痛だけではなかったからだ。
 敏感な上顎を何度も擦って性感を刺激する。ずっとそうされているうちに喉奥に触れる苦しささえも愉悦に感じられた。
 二人の男たちに好きなように扱われているのだ、その現実は本山の被虐心を煽り、新たな世界へと連れていく。
 内壁を強く抉られ、悲鳴をあげてしまいたいのにその出口は圭吾に塞がれていて声どころか呼吸をする事さえままならない。
 身体が揺さぶられる度に揺れ動く本山のペニスは、ぱたぱたと先走りの液体を零してシーツに染みを作る。シャワーを浴びたばかりだというのに汗と体液にまみれていた。
「ふ……んんんっ――」
 捏ね回された前立腺で絶頂を迎える。またもや精液を吐き出さない絶頂で意識が飛んでしまいそうな凄まじい快楽なのに、前後を阻む男たちの動きは止まる事がない。
 執拗に体内を掻き回される快楽に目の前にはチカチカと星が飛ぶ。四つん這いになった手足は崩れてしまいそうなのに二本の杭がそれを許さない。
 頭の奥がじんじんと痺れて、与えられるものを受け入れるほかなかった。
 続け様に快楽の源を抉られて腰が震える。ストッパーが壊れてしまったかのように絶頂の高みから戻ってくる事ができない。
「くっ……」
 頭上から苦しげな男の呻き声が落ちてきて、上目遣いに見上げればそこには快楽に耐える男がいた。
 切羽詰まった瞳で見下され、己で感じてくれているのだと思うとこの上ない充足感がこみあげた。
「飲んで」
 その言葉と同時に男根が爆ぜる。青臭い独特な苦味が口腔に溢れ、何かを考える暇もなくそれを飲み込んだ。喉から胃にかけて引っかかるような男の液体が愛おしかった。
「俺も限界っ……」
「ひっぁ……」
 後孔を抉る長岡の動きが激しくなる。乱暴に突かれ揺さぶられているというのに快楽は溢れるばかりで止まらない。
 口に埋められていた杭がなくなった事で、本山は上体を突っ伏して与えられる快楽を貪った。粘膜を擦られ、愉悦が溢れる。
 一際奥深くまで突き込まれたかと思うと、男根はその敏感な孔の中でびくびくと脈打ち、本山の中を濡らした。
 快楽の余韻に浸る間もなくずるり、と男根が引き抜かれ、上体を突っ伏す本山の腕を引っ張られ気怠い身体を持ち上げる。
「交代。次は俺の番」
 本山の好きな容姿を持つ圭吾に囁かれて、鼓動が高鳴った。
 今しがた口内に精を吐いたはずの圭吾のペニスは既に硬さを取り戻している。圭吾はベットの上に足を伸ばして座ると、膝をぽんと叩く。
「長岡くんが出してくれたの零さないようにこっちきて、上に乗って腰振ってよ」
 そそり立つ男根を誇示するかのように揺らし、圭吾は笑んだ。
 快楽が好きだった。何も考えず、快楽を貪っている間だけが本山にとって唯一の至福の時間だった。
 誘いを拒否する理由はどこにもない。
 本山は重い身体を引き摺り、圭吾の膝に正面から跨る。身体を起こすと出されたばかりの液体が伝いそうになった。
「ん……」
 圭吾の顔を見つめながら、男根を受け入れる。
 一度割り開かれたそこは長岡とは形の異なるそれを素直に受け入れた。ゆっくりと腰をおろし、根本まで受け入れきる。
 内壁に力を入れて蠢かせると男根がびくびくと震えて大きさを増した。
「可愛い乳首」
 そう言って圭吾は不意に赤く充血した胸元の二つの突起をつまむ。
「ひぁっ……」
 ずっと触れられていなかったそこはやけに敏感になっていて、電流が腰に流れ込んだ。
「今、ナカがきゅってなったね。乳首は好き?」
 くりくりと捏ねられ、物足りない刺激に腰が揺らいだ。みっちりと埋められている内壁は力を入れて男根を締め付けるだけで気持ちよくなれた。
 目の前の男に媚びるように体重を預け唇を求める。圭吾はすぐにそれに気付き、互いに舌を絡めた。
 粘膜を這う他人の舌の感触は痺れるような愉悦をもたらす。昼間には決して見せる事の出来ない蕩けた表情で、整った圭吾の顔を見つめ、好みの男に身体を支配される快感に浸る。
「ん……」
 体内に埋められた男根がひくひくと蠢く。更なる快感を欲しているのは本山だけではなかったようだ。
 唇を離し、ゆっくりと腰を持ち上げる。ずるり、と液体に濡れた男根が引き抜かれるその感触に身震いをする。そして、再び腰を落とす。先ほど体内に放出された長岡の精液が、動くたびにぬぷぬぷと卑猥な音を立てた。
「ひっ……ぁっ……」
 受け入れる時には力を抜き、引き抜かれる時には力をいれる。幾人もの男と身体を重ねているうちに自然と身についた性技で圭吾を翻弄し、そして自らも快楽を享受する。
 前立腺にあたるよう腰を回し、甘い声をあげる。溢れる愉悦は思考回路を麻痺させ、快楽に溺れていく。
 ごりごりと音がしそうな程に感じる場所を強く押し付け、乾いた絶頂の高見から帰ってくる事ができない。身体にまわった快感は本山の全てを奪い取っていく。
「本山くん、可愛い」
 耳元で囁かれ、それと同時に腰を強く掴まれて引き落とされた。
「ひぃっ――」
 今まで届いていなかったような奥深くまで割り開かれて、じんじんと愉悦が広がる。今度は圭吾のおもうままに身体を揺さぶられ、背を弓なりに反らせて嵐のような快感の奔流に耐える。
 いやという程に前立腺を抉られ、意識さえも飛んでしまいそうだった。永遠に続くかのような錯覚を伴った、夢の時間だった。
 何も考えられない中、正面には自分を求める男がいる。肉欲に突き動かされ、本能のままに動く男が――愛おしく思えた。
 圭吾は限界が近いのか、先ほどから白濁を吐き出さずに絶頂を迎えている本山のペニスを握ると、激しくしごき始める。
「やっぁ……くるっ……」
 前立腺を突き上げられながら性器を扱かれ、今度は精液を吐き出す。隘路を精が駆け抜けるその瞬間は、何事にもかえ難い愉悦の瞬間だった。目の前が真っ白になると共に、体内に叩き付けられる熱を感じた。
 余韻は惜しむように去ろうとしない。
 圭吾は荒れた呼吸のまま本山の体内から楔を引き抜いた。埋めるものをなくした後孔からはどろりと二人分の精液が漏れ出す。
「気持ちよかったよ」
 にこり、と笑まれ、誇らしかった。
 そういえば長岡はどこへ行ったのだろうか、と気怠い体で部屋を見回すとソファに座って本山の方を見ていた。
「本山も気持ちよさそうだったな」
 長岡には散々痴態を見せてしまっているとは言えど、第三者として見られるのはやけに羞恥を煽る。
「……っ!……長岡より、気持ちよかった」
 そうして強がりの嘘を言う。どちらが気持ちよかったなんて、正直なところ比べられるようなものではない。長岡とのセックスは、今まで経験してきたどんなセックスよりも極上のものだ。技術だけではなく、身体の相性も良いのだろう。それに対して圭吾の方はつい先ほど一度したばかりで、まだ何の判断もつかない。
「へぇ……」
 長岡の瞳の奥に一瞬だけ鋭いものが走る。が、それはすぐに消え、軽薄そうな笑みに切り替わった。
「本山くん、またしよっか」
 圭吾に呼びかけられてそちらを向く。
 何度見てもやはり素晴らしい容姿だ。と思ったところで、長岡に恋をしたのも容姿からだったと思い出した。
 何度失敗を繰り返しても反省する事ない自分に呆れながらも、圭吾に笑みを返す。
「はい、またぜひ」
 恋なんて、そんなものだ。生まれては消え、そしてまた生まれる。肉欲を満たすためのスパイスでしかなかった。

◆◆◆

 交換した電話番号は携帯電話に登録した。ただの数字の羅列のはずのそれが、なぜか輝いて見えた。
「本山、何にやにやしてんの?気持ち悪い」
 横から突如としてかけられた声にはっと我に返る。
 うっかりあの日の出来事を思い出してぼんやりとしてしまっていたが、今日は平日でまだ就業時間内だ。声の方を見れば長岡がいて、その手には書類の束が握られている。
「べ、別に、にやにやなんかしてねーよ」
 そんなにわかりやすく表情に出てしまっていたのだろうか。ならば気をつけなければいけない、と思ったところで携帯電話をワイシャツの胸ポケットへと片付ける。
「それよりも何の用?用事があるから、わざわざ来たんだろ?」
――今は仕事中なはずで、それは長岡も同じだ。少し脱線してしまっていたが、本山は思考を正規の、本来あるべき場所へと戻す。
「会議で使う書類渡しに来ただけだよ。来週に課内全体でやるやつ。」
 と、長岡は携えた書類の束から一部を抜き出すと、本山へと差し出した。
 数ヵ月に一度行われる定例の会議で、渡された書類はその資料となる。複数枚がホッチキスで閉じられていて、表紙には社外秘の文字も見えた。
「ああ……ありがと」
 ぱらり、と書類をめくり、中身を確認して机の上に置く。定例の会議では毎回新しい話題もなく、眠たいだけの時も少なくはない。そのつまらない時間が迫っている事に嫌気も覚えるが仕事ならば仕方がなかった。
 礼を言ったのに、長岡はまだ立ち去らない。怪訝に顔を覗き込むと、長岡はにやりと笑った。
「今日、どう?」
 主語がなくとも、何を指しているのかはわかる。二人だけの秘密で――プライベートだ。
「いいよ」
 断る理由はない。一度覚えてしまった肉欲はとどまるところを知らず更に高みを求めるものだ。
 例え新しい恋が始まっていようと関係なかった。
 またあとで、と目配せをし、長岡はようやく立去った。後ろ姿を見送りながら小さくため息を吐く。
――例え新しい恋が始まっていようと関係ない、とは言えど圭吾とどうにかなりたいのならば、長岡との関係ははやめに片付けておかなければならなかった。長岡と関係を始めた理由は、本山の性癖を周囲にばらすと脅されたからだ。
 それがなければ長岡との関係もここまで続いていなかっただろう。危惧はしているが、今になってしまえば長岡だって立場は同じはずだった。
 何度も身体を重ね、互いに貪った。一時は長岡を嫌悪しかけたものの、身体の相性の良さに絆されて今はどちらかと言えば好意的な感情だって持っている。――長岡と身体を重ねる事は確かに心地良い。それに、長岡の顔は好みだった。
 圭吾に恋心のようなものを抱いてはいるが、それはきっと過去の経験と同じようにいつか絶えるものなのだろう。恋とは刹那的な感情だ。
 だから、今長岡との関係を絶ち切り、圭吾にアプローチを仕掛ける事に躊躇してしまう。思い出すだけでときめく心は、偽りなのだと経験則で知っている。今まで誤った判断で散々に傷付き、傷付けてきた。
 このまま何もしなければきっと誰かを傷付ける事も、面倒な事が起こる心配もないはずだ。
 そう思いながらも圭吾へ心惹かれるのを抑えきれないのだから、本山は自分自身が面倒で仕方なかった。
 今は仕事の事だけを考えるべきだ。そうは思っていても頭の痛い思考はいつになっても晴れる事はなかった。