獰猛な指先 第十話



 長岡とするセックスは、日を追う毎に過激なものへとなっていった。
 まるで性行為を覚えたばかりの中学生のようにほぼ毎日互いを貪り、身体を開く。長岡や、長岡の持ってくる玩具を受け入れる事に抵抗はなく――むしろそれらは本山の被虐心を煽り、今までにない程に体内に熱を舞い上がらせた。
 セックスは嫌いではない。見た目が好みである長岡とするセックスならば、なおさらの事好きだった。
「今日はいつものラブホで」
 会社の廊下ですれ違い際に囁かれたその言葉に、異論を唱える暇もなく長岡は去っていく。
 ずくり、と下腹に流れる熱を感じた。
 白昼の会社で、周囲には同僚たちもいる。まだ就業時間中で、定時にはまだ数時間も残されている。
 それなのに、身体に感じる熱はどくどくと脈打ち始め、夜を想像して熱く昂ぶるのだ。
 頬が赤くなっているのを感じ、それを誤魔化すように軽く頭を振って歩き出す。
 長岡の性格の悪さは重々承知しているが、長岡とするプレイは極上のものだ。その性格の悪さに起因するのだろうか、やや乱暴で独善的な行為は、あろうことか本山がずっと求めていたものだ。
 思い出すだけで、背筋をぞくりと電流が這う。
 長岡への恋心は――わからなかった。好きか、と尋ねられればそれは違うのだ、と即答できる。だが、嫌いか、と尋ねられれば言葉を濁してしまうだろう。
 決して、嫌いではない。自分勝手で、嫌な奴には違いないが、それ以上に長岡とするセックスは気持ちがいい。身体の相性は抜群に良かった。
 燻る熱を持て余しながらも、与えられた仕事をこなし、ようやく定時を迎えた。途中何度かトイレに立ち、熱を放出してしまおうかとすら考えたが、あと数時間我慢すれば極上の愉悦を味わえるのだと思い我慢をした。
 タイムカードを切り、同僚たちへの挨拶もそこそこに会社を出る。電車で数駅離れたところにある先にホテルへと入り身体を清めて備えた。
 そして、本山が全ての準備を終え、全裸の下半身を隠すためにバスタオルを巻いただけの姿でベッドへ腰かけ、時間を潰すために意味もなくテレビを見ている頃、時間にしてみれば本山から一時間と少し遅れて、長岡が到着した。
「悪いな、帰る直前に急な修正要請入って残業してた」
 部屋に入るなりソファへビジネスバッグを置き、首元を締め付けるネクタイを緩める。細い指が結び目の隙間に入り込み、そこを拡げる様に熱を感じるのは何故だろうか。
「いいよ。仕事なんだから仕方ないさ」
 長岡は本山とテレビの間に立ち塞がり、本山の視界を奪う。テレビを見たかったわけではないので不快にはならなかった。
「準備万端?」
「ああ」
 にやり、と片眉をあげる長岡に、本山は艶やかな笑みを繕ってみせた。
 長岡の手が、本山の頬に触れる。ほんの少し冷たい手がシャワーを浴びたばかりで火照る頬を冷やした。
「今日さ、もう一人ゲストを呼んでみようと思ってるんだけど、どうだろ?」
「ゲス、と……?」
 その言葉の意味は、わかる。一体長岡が何をしたいのかも、わかる。以前長岡がしたいと言っていた事も覚えていたから、いつかそのうちそういう日がくるのだろうと思っていた。
 だが、それが今日だとは想像すらしていなかった。
「ちょっ……俺、心の準備とか出来てないっ……!」
 頬に触れる指先から逃れるように振り払い、長岡を睨みつけた。しかし、長岡はその本山の鋭い視線も意に介した風はない。
「大丈夫大丈夫、昔からの俺の友達だし、悪い奴じゃないからさ」
「悪い奴じゃないってでも普通じゃない事したがるような人間なんだろっ!?」
 へらへらとした長岡の態度に怒りが煽られる。
 貞操なんて立派なものは疾うの昔に捨て去った。気持ちよくなれるなら相手が誰だって構わない。
 そうは思っていても、複数でのプレイとなると話は別だ。ただでさえ身体にかかる負担も大きいのに、相手がどんな人間かもわからなければ受け入れる事はできない。
「普通だよ」
 けれど、長岡はなんでもない事かのように答えた。
「俺と本山と同じように、普通の奴だよ」
「普通ったって……」
 あまりにも当たり前の事のように言われ、本山の怒りは失速する。
「無茶するような奴じゃないし、怪我もさせない。絶対に約束する。本山が嫌だって思ったらそれ以上はしないから、とりあえず一度三人でヤってみないか?」
 離れた指は、再び頬に触れる。
「……」
 頬を撫でるように滑る指に、全てを許したくなってしまう。
 長岡に恋をして、その恋心は叶うことなく消え去った。消え去ったはずなのに、心臓がとくとくと脈打ちだす。
 長岡の事は嫌いだ――それでも、長岡との相性は決して悪くはない。それどころか、本山が今まで経験してきたどんな相手よりも気持ちが良い。
「……わかった」
 そうして本山は静かに頷いたのだった。
 元より複数でするセックスに興味はあった。見上げた瞳は満足気に頷いていて、期待に鼓動が高まる。
「よし、多分すぐ来れるはずだから」
 そう言って長岡は携帯電話を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。
 このラブホテルはこの近隣で男同士、三人以上で入れる数少ないホテルだった。
 不安がないわけではないが、今の本山には流れに身を任す以外の選択肢を取るつもりはない。それに、終わったはずの恋にはやく見切りをつけてしまいたかった。
 出会いはどこに落ちているかわからない。自分から求めなければ繋がらない縁もある。本山はそのための行動に妥協をしたくなかった。
 どれくらいの時間を待っただろうか。長岡もシャワーを浴び終え、テレビから流れていた番組が切り替わった頃、部屋のチャイムが押された。
「到着したかな」
 長岡が部屋の扉を開け、その三人目を迎え入れる。
「はじめまして」
 そう言って入ってきたのは、恐らく本山たちと年齢もそう変わらないと思える男で、整った精悍な顔立ちをしていた。スーツにネクタイをきっちり締め、片手にはビジネスバッグを携えている。その姿から見るに、本山立ちと同様に仕事帰りなのだろうか。
「はっ……はじめまして」
 柔和な目つきと、柔らかな物腰――本山の好みのタイプだった。
 まさか、長岡が呼んだ男がここまでいい男だとは思っていなかった。頬に熱が昇るのを自覚しながら――自分の軽薄さに嫌気がさす。
 元々、誰かに惚れやすいタイプだという事は意識していた。そうして今までの恋は――長岡を含め失敗続きだった。第一印象に一目ぼれし、いざ付き合ってみれば中身は合わなかったり、多少続いたとしてもも恋心は長続きせずに消え失せた。
 そうして失敗してきたのに、また繰り返そうとしている。どうせ失敗するのだとわかっていても、自分を止める事は出来なかった。
 出会ったその刹那に言葉を失くし、自分の世界に入ってしまった本山の様子に気付いているのかいないのか、本山と同じく下半身にバスタオルを巻いただけの長岡は点けっぱなしになっていたテレビを消す。
「けーご、本山は準備できてるって。お前もシャワー浴びる?」
 けーご、とは男の名前だろうか。長岡に呼ばれて振り返った。
「ああ、じゃあシャワーもらおうかな。先に始めててくれていいよ」
 ネクタイの結び目に手をかけながら促されるままにシャワールームへと進みかけ、再び振り返って本山に視線を投げる。
「また、あとで」
 またあとで、あの男に抱かれる事が出来る。
 そう考えるだけで、熱は加速していく。
「は……い」
 それでも自分の興奮を悟られまいと抑えた声で頷き、シャワールームへと向かう男の後ろ姿を見送った。
「本山、しよっか」
 隣の長岡の手が、肌に触れる。もう何度も感じた体温は心地良く、全てを任せたくなる。
「ん……」
 唇を重ね、その柔らかさを貪る。
 新しく、好きな人が出来た。しかし、恋心と肉欲はまた別のモノだ。誰を好きでいても、誰とでも寝る事が出来る。
 歯列を割り、舌が侵入してくる。絡めた指に呼応するように口腔を舐めまわり、本山の性感を煽る。これから訪れる愉悦は極上のものになるはずで、高まりを隠す事もできなかった。
 のしかかるようにベッドへと押し倒され、弾力のあるマットレスに身体を委ねる。何かを求めるように貪られ、心が満ちていく。
「長岡っ……」
 手は鎖骨を撫で、腹をくだって下腹へとおりていく。茂みを滑りおり硬さを持ち始めた性器に触れた。
 離れた唇は耳や頬にリップ音を立てて口付けを残す。
「んっ……!」
 他人にそこを触られる事に慣れる事はない。何度経験しても息を詰めてしまうような快感がこみあげてくる。
 にやにやと嫌らしい視線に見詰められて、羞恥が溢れた。
 けーごと呼ばれた男を好きだと思ったばかりのはずなのに、同じく好みの見た目をしている長岡の顔が目の前にあるとどうしてもときめいてしまう。
「三人でするの、期待してる?」
 手のひらでペニス全体を根本から先端へと扱かれて、声が溢れそうになった。
 遠くから聞こえるシャワーの音をやけに意識してしまう。今まで乱れた性生活を送ってはいたが複数人でセックスするのはこれが初めてだった。
 本山はどう誤魔化そうかと視線を彷徨わせ、けれど早々に反応を見せているペニスでは誤魔化しきる事も出来ず、やがて小さく頷いた。
「長岡っ……そこぉっ……」
 先端から溢れる蜜を塗りつけるように亀頭を嬲られ、愉悦に腰が震える。流れこんでくる快感は己の身体の全てを侵すようで、随分と慣れているのに飽きる事は決してない感覚だった。
 ねちゃり、と卑猥な音がしてシーツを掻きむしる。裏筋をそっと撫でられて身体が跳ねた。
 長岡は本山の足を大きく割り開いてその間に滑りこみ膝を立てさせた。普段晒される事のない奥まった場所にひんやりとした空気が触れて期待を煽られる。
 見下ろす長岡の視線と、熱に潤んだ本山の視線が絡んだ。
「本山はさ、ちんことナカ、どっちが好き?」
 指で秘められた後孔をノックするように突付きながら、そんな事を訊いてくる。二つの快楽は別種のもので、簡単に較べられるようなものではない。どちらも同じくらいに好きで、捨てきれないものだった。
「どっちが、って」
「選んで?」
 しかし、長岡はどちらかを選ばせようとする。
 指を押し当てられた、普段意識もしないような場所がひくひくと蠢いた。
 内側で得る快楽は一人では得ることのできないそれだ。思い出すだけで恋い焦がれ、自らを慰めることもままならない。
 ごくり、と生唾を飲み込んで息を詰める。
「どっち?」
 再び問われ、体内にある自分では触れられない場所が疼いた。
 そうなれば、本山に残された選択肢はひとつだ。
「ナカ、がいい……」
 消え入るような声で答えを出すと、長岡はにんまりと満足気な笑みを浮かべる。
「じゃあ今日はとことんいじってやるよ」
 愉悦の予感が身体にまわり、目眩を起こす。快楽を知った熟れた身体は、その甘さを知っていた。
「ああ、ちょうど圭吾も出てきたしいいタイミングだったな」
 長岡の視線を追って本山も視線を移すと、先程惚れた男がシャワーを終えて部屋に戻ってきたところだった。濡れた髪は更に色気を増している。
「何、俺はどうすればいい?」
 真っ直ぐにベッドへと進んできた圭吾は全裸で、露出された萎えたペニスが視線を奪う。
「じゃあ上半身抑えててよ。……ナカ、触られたいんだって」
「ん、わかった」
 短く頷いた圭吾は本山の枕元に滑りこむように腰をいれる。
「え、なに」
 圭吾の太腿が本山の枕になるような姿勢で上体を抱え込まれついでに両方の腕を一纏めに絡め取られた。
「気持ち良いこと、だよ」
 深く囁くような声音は、じんと腰に響くようだった。
 一方で足は長岡に抱え上げられ、浮き上がった尻の下にクッションを詰め込まれる。
 二人の男に不自由に身体をつかまれ、不安を感じたその刹那には長岡の指が侵入する。
「っ……」
 長岡の到着を待っている間に慣らしていたそこは、男の指も難なく飲み込むことができる。反射的に跳ねようとした身体は抑えこまれていたために動く事が出来ず、その不自由さに熱が燃え上がった。
 ごつごつと骨張った男の指を締め付け、吐息が漏れる。
 受け入れた男の指は緩慢でもどかしい程だ。ふと頭を動かしてみれば顔のすぐ横に敬語のペニスがある事に気付いた。黒々とした茂みから生えるそれは赤黒く、まだ反応を示していない。
 シャワーを浴びたばかりでほんのりと石鹸の香りが漂うそこに頬擦りをするかのように顔を寄せた。それと同時に咥え込んだ指が内壁を擦る。
「んっ……」
 折り曲げられた指が本山の感じる場所を抉り、びくり、と身体を跳ねさせる。
「本山ってここ好きだもんな」
 そこで得る愉悦は極上で、触られるだけで脳髄が痺れるような錯覚にも陥る。だが、その快感は甘いだけではない。
 身体を押さえこまれ、そこだけを執拗に抉られる。股間にそそりたつペニスは呼応するように透明な蜜を零した。
「ひっあ……」
 知らず知らずのうちに、強すぎる快感から逃れようと腰が揺れる。けれど、二人の男の力に敵うはずもない。
「大人しくしてて、気持ちよくなれるから」
 頭上から降り注ぐ圭吾の声色は優しく、穏やかだ。
 まるで、自分が後孔だけの存在になってしまったかのような圧倒的な快楽。湧き上がる愉悦は身体中にまわり、神経を侵していく。
「いやぁっ……長岡っ、離せっ……」
 嫌だと不自由な姿勢で腰を浮かせて逃げても、すぐに追いつかれてしまう。ゴリゴリと音がしそうな程に指の腹で強く抉られて視界に星が飛ぶ。
 ひくひくと先端に開いた口をひくつかせるペニスは、絶頂のその時を待ちわびていた。強すぎる快感は辛く、自分が自分でなくなってしまうようだった。
「ナカがいいって言ったのは本山なんだし、遠慮しなくていいよ」
 ぎゅうっと押し込まれて、強く指を締め付ける。指の関節や爪の形さえもわかりそうなくらいに鋭敏になったそこが、求めていた歓びをもたらした。
「ひぃっ――――」
 続かない声は裏返り、刹那の間意識を飛ばす。吐精を伴わない絶頂は凄まじく、雲の上に浮いた身体は高みから降りてくる事ができない。
 それでもなお続けられる愛撫が本山を狂わせる。無我夢中で自分を抱える圭吾にしがみつき、終わらない愉悦を享受する。
 指は執拗に何度も感じる場所を捏ね続け、本山は続けざまに絶頂を味わった。内壁を強く締め付け、下腹を痙攣させる。が、射精する事はない。
「空イキ、気持ち良い?」
 ふと気が付けば顔の横にある圭吾のペニスはいつの間にか勃起しており、その存在を主張していた。大きく反り返ったそれは、涎が垂れてしまいそうな魅力を感じる。
「きっ……きもちいっ……」
 快感に侵された神経は、更なる刺激を求めて彷徨う。男のそれに舌を伸ばし、愛撫する。抑え込まれたままの姿勢では口に含む事も出来ず、拙いそれではあったが、圭吾のペニスはびくびくと震えて反応をみせた。そして、その間も指は前立腺を抉り続ける。
「んっ……ぁっ……」
 この快楽を感じるためだけに生まれてきたのではないかという錯覚、全ての事がどうでもよくなってしまうような刺激が、本山を侵す。
「本山の中、今突っ込んだらすげー気持ち良さそう」
 そう言って指は動きを変えた。前立腺を弄るだけではなく、後孔の入り口を拡げるかのように穴を割り開いた。
「ひっ……」
 解していた孔はその行為を難なく受け入れ、赤い内壁を晒す。自分でも見た事のない場所に長岡の視線を感じた。
「ひくひく蠢いてて、すごく気持ち良さそう」
 どこかうっとりとした、普段聞く事のできない長岡の声音が腰に甘く響く。
 指でそこだけ抉られるのも勿論気持ちよかったが、孔を男根でみっちりと隙間なく満たされる感覚も好きだった。想像して、肉欲がはぜる。
「じゃあ、僕はお口をもらおうかな」
 圭吾は自身のペニスに舌を這わす本山の唇にそっと指をあてがい、割り開いた。涎が唇の端から漏れて本山の頬を伝った。見上げた圭吾の顔はやはり好みのタイプだった。
「ほしっ……くださ、い……」
 ほんの数十分前に初めて出会った人間におねだりをする。頭の中が痺れて、どうにかなりそうだった。