獰猛な指先 第八話



「ん……」
 ぐるり、と内壁を撹拌するように掻き回されて小さく呻く。再び口に含まれたペニスは栓が壊れたかのように絶えず先走りの液体を漏らしていた。
 体内でピースサインをするかのように拡げられて、その背徳的な刺激に腰を揺らす。
「そ、こっ……ふぁっあぁぁぁ」
 感じる前立腺を擦り付け、そして抉られる。ペニスで得る愉悦を遥かに超越する絶大な快楽に、唇は閉じる暇もなく甘い声をあげた。
 亀頭をねっとりと舐めあげられ、体内の源を刺激される。二つの場所から与えられる快感は、本山の許容量など超えてしまっている。そして、本山はその許容量を超えた快感を与えられる瞬間がたまらなく好きだった。
「ひぃっ……あ、やぁっ……!」
 身体の中で熱が渦巻き、一人では決して得られない甘美な刺激に溺れてしまう。与えられる愉悦は身体を巡り思考を痺れさせる。
 何かを考える余裕などない。現実を思い出す隙間もなく、ただ背を弓なりに反らせ、与えられるままに享受して喘ぐ事しかできなかった。シャワーを浴びたばかりの身体は汗でびっしょりと濡れてしまっていた。
「イ、く……!イっちゃう……!」
 体内の感じる場所を強く抉られ、身体を跳ねさせた。快楽の濁流が体内を巡り、中心部へと集まる。
「イっていいよ」
 本山のペニスを解放した長岡は後孔に突き入れた指を折り曲げる。それに伴って出てしまう甘い声を楽しんでいるかのようだった。
「ながっ……おかぁ……」
 快楽を司る神経の中に手を突っ込んで掻き回すような、そんな凄まじい快感に犯される。腰をがくがくと震わせ、限界が近いのだと訴える。身体は暑くて暑くてたまらないのに、宙に浮いた足先だけが冷たかった。
「イっ――ぁあああああああっ」
 絶頂を迎えるその瞬間、二本の指で前立腺を抉りこまれ、絶叫と共に白濁の液体を吐き出した。重力なんてなくなってしまったかのような浮遊感と、刹那の後に訪れる脱力感、股間から脳髄を焼き切るような凄まじい愉悦が溢れ出し、あられもなく精を撒き散らして己を彩る。
 飲み込んだままの指をぎゅうぎゅうと締め付けて得る絶頂は心地良く、無意識に感じる場所へと擦りつけてしまう。
「あーあ、自分ので顔まで汚しちゃってる」
 指摘されて、撒き散らした白濁が腹だけでなく胸から顎や頬にまで飛んでいる事を自覚した。どろりとした液体は重力に従い流れ落ちるが、頬に飛んだそれは落ちきる前に身を乗り出した長岡の指に受け止められる。
 指は白濁を拭い、そのまま本山の唇へと辿り着く。自分の出したものに嫌悪感を抱かなかったわけではないが、本山は口を開いてその指を受け入れた。
 独特の青臭さと僅かな苦味、指先に乗る程の小量だと言うのに、喉に引っかかる。
「ん……」
 快感の余韻に浸る本山の口内に二本目の指が入り込み、唾液を纏わせるように掻き回された。二本の指で舌を弄ばれ、ぞくりと背筋が震えた。
 長岡が二本の指を揃えると、本山はそれをペニスに見立てて舐めあげ始める。唇を窄めて吸い上げて根元からゆっくり、指の皺さえも認識できる程に丁寧に爪の先まで舌を這わす。
「なにそれ、おねだり?」
 長岡のからかうような口調に、本山は伏せがちな瞳でこくりと頷いた。飲み込みきれず溢れた唾液は唇の端から漏れだし顎を伝った。
 ちゅぷ、と音を立てて濡れそぼった指は引き抜かれ、自らの腹を白濁で彩った状態で再びひざ裏を抱えあげて秘部をみせつける。ペニスは萎えていたが、情欲はまだ収まっていない。
「長岡、しようよ」
 口角をあげて笑みを作り、快感が欲しくて、唇を舐めながら強請ってみせる。一人では得られない愉悦を、長岡と得たかった。
「仕方ないやつ」
 そんなぶっきらぼうな物言いだったが、その下腹にある男根はすっかり成長しきっていて凶器にさえなり得る。
 抱え上げたひざ裏に手をかけた長岡は、更に押し倒してくるりと身体を曲げさせる。そうする事で尻はより上向きになり、腰は完全に浮き上がった。背中の下には元の体勢に戻ってしまわないようにと枕を敷かれた。普段は灯りに照らされる事のない後孔がホテルの照明に照らされてひくついた。
「ふっ……あ……」
 その孔に指とは質量の違いすぎるいきりたった男根があてがわれ、本山は受け入れるためにゆっくりと息を吐く。
 先端が孔をこじ開け、張り出たカリの部分に更に押し広げられる。否応なしに内壁を強く擦られ、一番感じる場所もみっちりと埋め尽くされる。体内を内側から拡げられるこの瞬間は、何事にも替えられないくらいに好きな瞬間だった。
 身体を曲げられて苦しい体勢で男根を突き入れられて息もたえだえになる。それに、この姿勢では自らに埋まっていく男根も、絶頂を迎えたばかりで硬さ失ったペニスも全て見えてしまうのだ。
 羞恥と――興奮が煽られる。
 だから、長岡のモノを根本まで受け入れる頃にはペニスもあっという間に硬さを取り戻していた。
「動いて、いい……?」
 長岡の声が上擦っているのは本山と同じく感じているからなのだろうか。本山が静かに頷くと律動は開始される。
「んんぁぁっ――」
 ずるり、と引き抜かれその得も言われぬ排泄感に身震いをし、またすぐに根本まで埋め込まれる。感じる場所を抉りこまれ、悲鳴のような喘ぎ声をあげた。
 何度も何度も容赦なく突き込まれ、ペニスからは透明な蜜が溢れてとろりと垂れている。垂れた液体は本山の胸を汚した。
「あぅっああっ、そこ、やあぁぁぁっ……!」
 何度セックスをしても前立腺を弄られる愉悦に慣れる事はない。触られるたびに虜になってしまいそうな毒のような快感に犯される。
 長岡は本山が唾液を飲み込む余裕もなくよがる場所だけを抉り続けた。
 癖になってしまいそうな愉悦からは、もう逃れる事は出来ないのだろうと悟る。昼間はどんなに自分を偽れても、夜になる度に求めてしまう。疼く身体を抱えて、男を求めてしまう。
「あっ……長岡ぁっ……」
 甘えたような声で自分を犯す男に視線で縋ってみる。愛しい、とは思わない。性格には多少の不満を抱いていようと、好みの容姿を持ち、己を満足させる技量を持ち合わせた長岡と繋がれている現状は悪くはない。
「本山っ……!」
 名前を呼ぶ声に余裕はなかった。
 自分の身体で長岡が感じてくれているのだと思うと、なぜか無性に嬉しいものがこみあげた。
 凶器は前立腺を強く擦り、内壁を拡げていく。性器と化した後孔は脈打った男の形をつぶさに感じ取れる程に敏感になっている。
 突き入れられる度に熱が湧き上がり男根を締めあげる。汗にまみれた今は快楽だけが全てだった。
「ひっ、ぁぁああああっ――」
 律動に合わせて送り込まれる快感は、本山の限界を超える。溢れた快感は白濁の液体となって本山に降り注いだ。
「ち、くしょ」
 絶頂を迎えるその瞬間、動きは更に速く激しくなったかと思えば長岡も絶頂を迎えたようだ。
 低く呻いて奥まで突き入れ、本山の孕むことない後孔に全てをぶちまける。
 叩きつけられる激流は熱く、渇いた本山の心を癒していくようだった。



 昼間、会社でする時のように声を我慢する必要のないセックスで喘ぎすぎてしまったのか、快感の余韻も消え去ってしまうと喉の痛みが際立った。
 全身が怠く、身体を起こす事すら億劫で掛け布団で肌を隠している。汗をかいた肌に、冷房の風は冷たかった。
「中出し面倒だっつったのに」
 掠れる声で冷蔵庫の前でミネラルウォーターを煽っている長岡を睨みつける。セックスをしている時は夢中で、体内を汚される事さえも厭わないと思っているが、いざ事が終われば眠りについてしまう前に清めなければいけないのだとうんざりした。今まで散々遊んできて今更だとは思うが病気の心配だってある。
「次から気をつけるさ」
 長岡はそう言って、半分程残ったミネラルウォーターのペットボトルを本山に差し出した。冷蔵庫で冷やされた水は痛んだ喉に心地良く染み入った。
「さぁ、どうだか」
 肩を竦めて言葉を返す。長岡の言葉なんて信用していない。次からは自らゴムを用意すべきかと考えて――次もある事に気付く。長岡と身体の相性はいい。繋がっている間だけは我を忘れてしまう程に心地良く、全てがどうでもよくなってしまう。
 しかし、長岡は同僚だ。長岡が悪意を持って誰かにバラす事はなくとも、他の誰かに勘付かれる事だって十分にあり得る話だ。二人揃ってホテルに出入りするところを見られるような事があれば、次の日にはどうなっているかわからない。
 今考えても栓のない事だ。過程の話はいくらでも泥沼にはまってしまう。本山は頭を振って思考を打ち消した。
「……ナカ、洗ってやろっか?」
 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべる長岡を再び睨みつけ、本山はゆっくりと身体を起こす。
「自分でできるっつーの」
 足を床におろすと体内に放出された液体が漏れそうになり、後孔にぐっと力を入れて立ち上がってバスルームを目指す。
「あっそ、……飯、食う?ルームサービスのやつ。多分冷食だと思うけど」
 すぐに諦めたところから察するにどうやら本気の言葉ではなかったらしい。――これだから長岡の言葉は信用ならないのだ。すぐに調子に乗って、その場限りの言葉を思い付きで喋る。
「長岡が食うなら俺のも適当に頼んどいて」
 背後の長岡を振り向かず言葉を残し、ベッドルームを後にした。自分では気付いていなかったが、一日の仕事と濃厚なセックスを終え、どうやら腹が減っていたらしい。意識をすればする程空腹は増していくようだった。
 脱衣場には脱ぎ散らかしてある二人分の衣服とバスタオルに現実を感じながら身を清めた。
 うまくいく恋愛なんてあり得ない。そんなものは架空のお伽話の中の世界でしかあり得ない。幸せなんてものは所詮幻で、例えあったとしても恋愛によって得られるものではないと思っている。
 それなのに、恋愛をしたいと思ってしまうのは何故だろうか。身体を重ねるだけでは飽き足らず、心まで通わせたいと思ってしまうのは何故だろうか。
 身体に纏う汗をシャワーの湯で流していく。温かな水流は肌を優しく撫でた。
 後処理をするこの瞬間だけはあまり好きにはなれなかった。どうしようもない惨めさを実感してしまうからだった。
 体内に吐き出された白濁を全て洗い流し、長岡の痕跡を消し去る。一抹の寂しさと苛立ちがあった。
 風呂をあがってみれば、ルームサービスは既に届いていて、部屋のソファの前にあるテーブルの上にはサンドイッチとフライドポテト、それに赤ワインのボトルとグラスが二つ用意されていた。
「飲むんだ」
 てっきり軽く飯を済ませて部屋を出るのかと思っていたが、ワインをボトルで注文したという事は長岡は泊まる気なのかもしれない。
「飲まないの?」
 風呂から出てきた本山に目を遣る事もなく二つのグラスにワインを注いでいく。深みのある赤色がたゆん、と揺らめいて輝いた。
「……飲む」
 普段はビールやウィスキーが多く、ワインなんてものをわざわざ選ぶ事はそうない。
 長岡の隣に座るとグラスを手渡され、ちん、と冷たい音を立ててグラスを合わせた。
 喉の奥に落ちる渋みとほのかに香る甘みがある、安価な赤ワイン独特の味がした。不味いわけではないがさして旨いというわけでもない。酔うために飲む、というアルコール本来の目的ならば充分に許容範囲の味だった。
 長岡はテレビをつけ、チャンネルまわしてバラエティ番組に合わせた。
 部屋にいる二人の間に会話はないのに、テレビからはスピーカーを通していくつもの笑い声が聞こえてくる。それがなぜだかとても虚しかった。
 見たいとも思わないテレビを無感動に、長岡の隣で見る。酒で喉を潤わしてはフライドポテトを押し込み、腹を満たす。
 こうして時間を過ごす事に何か意味があるのだろうか、とふと疑問がわき起こった。
 長岡とは恋人ではない。長岡に恋をしていた事もあったし、今だって顔は好みのタイプに違いないし身体の相性だって抜群だ。だが、ここから恋人へと発展する事はあり得ないと言える。
 肝心の性格が合わないのだから、身体の繋がり以上の発展は望んでいない。
 ふと、テレビを眺めていたはずの長岡の視線がこちらを向いていることに気付いた。真っ直ぐに向けられた視線は澄み切っていて、まるであつらえられたかのようなその瞳はどこまでも美しい。
 一度は惚れた男のその視線に晒されてどうしても鼓動の高まりを抑えられなかった。性格を含めた長岡自身に恋をする事はなくとも、長岡の外見にだけは未だ惹かれてしまう。
 察した本山は徐々にこちらへと寄ってくる唇を静かに受け入れる。
「ん……」
 合わさった唇の隙間から舌を絡め、赤ワインと混じった長岡の味を堪能する。
 差し込まれた舌に上顎を撫でられ、背をびくりと跳ねさせた。
 ソファへ抑えこむように身体を押し付けられて、長岡の肩を押し返してみるがびくとも動く事はなかった。
 ワインを飲んだせいか先程よりも少し熱い指先が脇腹を撫でる。
「長岡っ……」
 二回目をできる体力的余裕はあっても、今日はまだ平日のど真ん中で明日もいつも通り朝から仕事がある。出来れば体力は温存していたかった。
「なに」
 しかし、長岡はその本山の意図に気付いているのかいないのか、肌をまさぐる手を緩めようとはしない。それどころか本山の手をとると己の股間へと導いて育った怒張を握りこませる。
「……っ猿かよ」
 熱く脈打つ男のそれは、興奮を溢れさせていた。
 長岡の情欲が何に由来しているものなのかは知らなかったが、形はどうあれ自分を求めてくれているという事実に悪い気はしない。
「なんとでも」
 長岡は喉の奥で笑って、本山の身体をソファへと押し倒した。
 ベッドよりずっと柔らかいクッションに身を包まれ、本山は再び長岡の舌を受け入れた。
 手のひら全体を使って長岡の怒張を扱きあげる。快感に揺らめく腰を見るとたまらなく嬉しい気分になれた。
「本山、舐めて」
 耳元で低くそう囁かれて、知らず知らずのうちに高まっていた自身の欲求を自覚する。
 先程吐き出したはずなのに、渦巻く熱があった。
 長岡は身を起こすと立ち上がり、ソファに向けて仁王立ちになる。本山も促されて身を起こしソファに腰掛けたまま、ちょうど目の前にある長岡のそれへとむしゃぶりついた。
 噎せ返るような雄の臭いは、目眩を起こす媚薬のようだ。深く甘い場所へと誘導されて、本山は夢中だった。
「ん……、はぁっ……」
 わざとらしくじゅるじゅると音を立て男根を吸い、張り出した亀頭に舌を絡める。口腔内でひくつくそれが嬉しくて、唇に力を込めて扱きあげる。
 時折愉悦を堪える男の声が頭上から降ってくる。
 部屋に響くその声はやけにセクシーで、いつしか興奮によって本山自身も勃起してしまっていた。
 男を舐めながら自身にも手を伸ばす。口を犯されながらする自慰は背徳的で、興奮を更に煽るだけだった。
「本山、ちゃんと舐めろって」
 けれど、あまりに夢中になりすぎて口淫の方は疎かになってしまっていたようだ。
 指摘されて、少しは頑張ってみようかとも思うが、それでも自身で得る直截的な快楽の方に意識が寄ってしまう。
「はんっ……ぁあっ……」
 舌で裏筋を撫で、その刺激を妄想しながら自身を扱く。
 熱に浮かされた身体はもう言うことを聞かなかった。
「……はぁ」
 長岡は大袈裟なため息をついたかと思うと本山の頭に両手をかけ、更に言葉を続けた。
「歯を立てるなよ」
 その意味を理解する前に律動は開始される。
「んぐぁっ――」
 奥まで突き込まれ、男根がぶつかった喉が激しく痙攣する。そして再び引き抜かれ、先程食べたものがあがってくるよりも前にまた最奥まで突き込まれる。
「んがっ……んっ……」
 どうしようもない嘔吐感と、呼吸もできない苦しさで、逃げ出そうと藻掻くのに頭を抑えられていてはそれも叶わないし、満足に空気を吸い込めない状態では抵抗する手にも力は入らない。
 それでも歯を立ててはいけないと精一杯に口を開いて男を受け入れる努力をする。根本まで受け入れた事で唇には毛があたり、そのじゃりじゃりとした感触が僅かに不快だった。
 口からは、喉の奥まで突き込まれた事によって普段分泌されるものとは違う、やけに粘ついた唾液が飲み込む暇もなく溢れた。意識する間もなく生理的な涙や鼻水まで溢れていて、苦しくて仕方がなかった。
 口内をまるで玩具のように扱われる。舌の上を滑り、上顎を強く擦りながら喉の奥に先端をぶつけられる。
 その度にこみあげる衝動を必死で抑えこみ、男を受け入れる。
 苦しくて腹の中の物を今にもぶちまけてしまいそうなのに、上顎を擦られる度に得も言われぬ愉悦があった。
 苦しいだけの行為では決してない、という事を、萎えることのない本山のペニスが指し示していた。
 強引に口内を犯されて、世界は自分を犯す男だけだった。
 じんじんと痺れるような淫靡な刺激が身体の中心へと集まる。
「んぁっ……は、ぁんっ……」
 嘔吐感を必死に堪えながら自慰をする。一人では得ることのできない快感に夢中だった。
「……っ、全部飲めよっ……!」
 そして、夢中になっていたのは本山はだけではない。
 頭上からの声に本山が身構えたその瞬間、舌の上には青臭い液体が放出された。
 どくどくと放たれる液体は二回目だというのに濃く、愛しい男の臭いがした。