溺れそうな暗闇で、照らす光は眩しくて。 第十二話


 外へ出る事は許されず、毎日時間を潰しつまらない毎日を送っている。何かをしようとすれば遼に止められ、ふとした事で機嫌を損ねてしまう遼の顔色を窺いながら生活をする。そんな生活を望んだのはコーキ自身だ。
 ペットという立場を捨てる機会はいくらでもあって、今だってその気になればこの部屋を出る事が出来る。ペットであるうちは遼に逆らう権利はないが、その主従関係を破棄する権利は与えられているのだから。
 だから、どんなに嫌だと思った事を強いられても、結局はコーキ自身が選びとっている事になる。例え首を絞められ意識を失いかけたとしても、複数人相手にしたくない行為を強要されたとしても、抵抗出来ないよう身体を拘束されて人間としての尊厳を踏みにじられたとしても、コーキは自分自身が選んでいるのだと思っていた。
 その日、コーキは朝起きた直後に異変に気付いた。昨夜は確かに服を着て寝たはずだったが、一糸纏わぬ姿となっていた。首輪はベッドと鎖で繋がれていて、立ち上がる事も許されない。手足を拘束するものはなかったが、鎖と首輪は南京錠で止められていたために外す事も出来ない。
 近頃、睡眠薬を飲んで寝ているせいか、眠っている時に何か小細工をされても目を覚まさなかった。よく眠れて有難いと思う反面、遼相手だとしばし困る事がある。――小細工の最中に起きたところで、小細工が中止出来るのかと言えば決してそうではないのだが。
 何か遼がよからぬ事を考えているのだと理解する。遼は時折、唐突に『遊び』を始める。名称や理由は躾けだったり奉仕だったり様々だが、つまるところ遼が楽しめる『遊び』をしたいだけだ。そこにコーキの意思は介在せず、『遊び』に参加する事を強要される。
 コーキは溜息を吐き、部屋の中を見渡した。大きな窓はカーテンが締め切られているが、どうやら夜らしい事はわかった。
 遼は恐らくこの壁の向こう、リビングにいるのだろう。起きた事を伝えるには声を張り上げるしかないのだが、そうするべきなのか迷い、やめた。用事があるのならばあちらから様子を見に来るはずだ。それに、今のコーキにとって大声を張り上げる事も必要以上に体力を消耗してしまう事だった。
 食事は喉に流し込めるスープばかりで、体重だけでなく体力の絶対値がみるみる減少していた。身体は常に怠く、ほんの少し動くだけでも億劫で身体を動かす気力もわかない。遼から声がかからなければ一日中ベッドで寝ていたいくらいだ。
 それが異常な事だとはわかっていたが、遼と暮らす生活に支障が出ていないのだから解決策を練る気もない。今のように――よくわからない『遊び』に付き合わされる事を除けば、概ね楽な生活だと言って過言はない。
 怠惰な生活は、まだ彼女が隣にいた頃の生活とはかけ離れていた。あの頃は毎日学校へ通って勉学に励み、友人たちと他愛もないひと時を築いて音楽を嗜み、自らの技術を磨く事に日々忙しかった。寝る間も惜しんで高みを目指し、毎日が充実していて、そして笑顔に溢れていた。今のように無味乾燥な毎日ではなかった。
 だから、ふと思い出してしまう。忙しかったあの頃を、楽しかったあの頃を、捨ててきた日々を思い出す。
 彼女の隣に戻る事は無理でも――もう一度歌う事は出来るのだろうかと考えてしまう。けれどいくら考えても、それは無理な話だった。コーキの歌は全て彼女のためにあった。だから、彼女がいなくなった今、何のために歌えばいいのかよくわからない。
 寝返りを打つと、鎖ががしゃりと音を立てて揺らめいた。その音が呼び水となったのか、寝室の扉は予告なく開かれる。
「おはよ、今日はよく寝てたね」
 顔を覗かせた遼はベッドの脇まで歩くと、そこに寝転んだコーキの顔を覗き込むように身を屈めた。
「……おはようございます。今日はナニ、するんですか」
 遼と言葉を交わすのが面倒で、挨拶もそこそこに疑問に思っていた事へと切り込んでいく。
「ああ、気付いちゃった? 今日もお客さん呼んでるから、ちょっと見せびらかしたいなぁって。今日はみんなの前でオナニーしてくれないかな? 僕もコーキくんのオナニー見た事ないし、見せて欲しいな」
 本当に気付かないと思っていたわけでもないだろうに、遼は意地悪そうな笑みを浮かべて肩を竦めた。
 お客さん、というのは遼と同様に悪趣味な彼らの事だろうか。他人の性癖に口を出すつもりはないが、遼たちの性癖はコーキの理解の範疇を超えていた。他人の自慰行為を見る事に何のメリットがあるのだろうか。少なくともコーキには、他人の、それも同性の自慰行為を見て興奮するような性癖は持ち合わせていない。
「……はい」
 けれど、遼には従う他に道はない。コーキが頷くと、ショーの舞台設営が始まった。
 ベッドの周辺、特に足元を中心にダイニングキッチンで使用されていた椅子が運ばれた。客人は三名でそのどれもがこの前の人間とは違う人間だった。遼を含めて四名がそれぞれに椅子に座る。皆、片手にスマートフォンやデジタルカメラを携えていた。使い道は推して知るべしと言ったところだろうか。
「さ、みんなに見えるように足広げて、コーキくんが普段するみたいにいじって見せて?」
 遼に促され、おずおずと足を開く。一糸纏わぬ姿で足を開けば、初対面の他人に秘部を見せつける事になるが、その羞恥もいずれ消えるのだと覚悟を決めた。
 なるべく他人がいる事を意識しないようにし、萎えたペニスに指を触れる。ここで暮らすようになってからは自慰をする暇もなく求められていたので、こうして自慰をするのは随分と久しぶりだ。
 仰向けに身体を横たえたまま目いっぱい足を開き、瞼を閉じてペニスを擦る。次第にペニスは勃起し、シャッター音が響いた。根本から先端まで、何かを絞るように扱く。敏感な亀頭部分を爪の先で撫でると、腰から脳髄へ痺れるような電流が走った。
「っ……!」
 漏れそうになった声を押し殺し自慰を続ける。先端から透明な蜜が溢れ出すとシャッター音は加速を増した。観客がいる事を忘れようと思っているのに、シャッターが切られる度にそれを意識してしまう。緊張と恐怖――興奮ががしりと噛みあい、最奥の熱情を引きずり出す。愉悦が走ると共に足の指先がシーツを引っ掻いて乱す。寄せた眉と肌にうっすらと浮かぶ汗は堪えきれない情欲の名残だ。
 その時ふと、身体の奥が疼いた。じんじんと、ペニスだけでは得られない快感を求めて、遊びを教えこまれた身体は淫らに訴える。
 カメラのレンズと八つの瞳は突き刺すようにコーキを観察していた。視線たちは肌を貫通し、その内部まで全てを覗いているかのようにも思えた。
 躊躇は、ほんの一瞬だった。
 コーキは自らの指を唾液で濡らすと腕を下腹へと伸ばし、後孔へてあてがう。自慰目的でそこに触れるのは初めてだった。熱い体内へと指は飲み込まれ、甘い予感に背が反り返る。
 快感を得られる場所はもう覚えていて、コーキはそこに指の腹を擦りつけた。
「ぁ……」
 痺れるような快感が身体を駆け抜ける。近頃教え込まれたそれに、今ではもうすっかり虜になってしまっていた。体内から得る快楽の大きさは、この世の全てがどうでもよくなってしまう程のそれだ。
 シャッター音が脳内にこだまする。もっと見て欲しくて、指を増やしてわざとらしく孔を広げる。先走りの液体はぽたぽたと腹の上に落ちた。
 指で体内を撹拌し、先走りを擦りつけるように竿を扱く。本能に基づいた逆らえない快感が脳髄へと走り熱い愉悦が溢れてしまう。呼吸は荒くなり、胸を上下させて酸素を吸い込んだ。
 突き刺さる視線と響くシャッター音に、頭がどうにかなってしまいそうだった。指で感じる場所を抑え込む度に内腿は震え自分を見詰める男たちを誘うように揺らぐ。
「コーキくん、気持ちいいならちゃんと気持ちいいって言わないといけないよ?」
 咎めるような口調で言われ、コーキは僅かに身体を強張らせた。遼の機嫌を損ねれば碌な事にならない。今までの経験からよく学んでいた事だった。
「き……気持ちイイ……です」
 羞恥を押し殺し、言葉を紡ぐ。目の奥がとても熱くて、今にも泣きそうだ、と思った。自分が感じている事を見ず知らずの男たちに伝える事はそれ程までに屈辱的な事だった。
「どこが気持ちイイ? お尻とおちんちんなら、コーキくんはどっちが好き?」
 そんなコーキの気持ちを知ってか知らずか、遼は更に言葉を重ねた。
 屈辱を感じているのにも関わらず感じてしまうのは、今まで遼が施してきた調教の賜物なのだろう。そんな自分が嫌で、恥ずかしくて、どうしようもなく苦しかった。
「……お尻……の方が、好きです」
 それでも、答えなければどんな罰が待ち受けているかわからない。コーキには遼に逆らう権利も、遼の言葉を無視する権利も与えられていない。躾けのなっていないペットには躾けが施されるのだから。
「そっか。じゃあもっと他にも感じられる場所作らないとね」
 そう言って遼は立ち上がり、ベッドサイドまで歩くとコーキの隣に腰掛けた。マットレスがたわみ、湧き上がる不安にコーキは遼を見上げる。
「コーキくんは乳首ももっと感じられるようにならないとね」
 にこりと笑った遼は、コーキの胸元にある二つの突起のうちの片方をピンと指で弾いた。快感と呼ぶには弱い、くすぐったいようなむず痒さが背筋を駆け抜ける。
「んっ……」
 これまで乳首は執拗に触られる事はなかった。てっきり遼は興味がないものだと思っていたがそうではないらしい。
「ね、手伝ってよ」
 視姦を続けていた男たちに遼が呼びかけると、男たちも遼に続いてベッドサイドへまわる。左右に二人ずつ囲まれ、これから一体何が起きるのか予想の出来ない恐怖に唇を噛み締めた。
「コーキくん、オナニーはおしまい。これからうんと感じさせてあげるから、頭の上ね」
「……はい」
 素っ裸で局部を晒し、更に腕の自由まで封じられるのかと思うと、今度こそペットという立場を捨てるべきなのではないかと考えてしまう。
 快感は決して嫌ではない。遼に与えられる快感は、これまでに感じてきたものとは比較にならない程に絶大で、ふとすれば底なし沼のようなそれに深く沈んでしまいそうになる。――だから、沈みきってしまう前に這い出たかった。
 明日はこの関係を解消しようと言おう、そう心に決めて、後孔に差し込んでいた指とペニスを触っていた手を自分の頭の横まで持ち上げる。すると左右の男はそれぞれにその手をシーツへ縫い付けるように抑えつけた。
「コーキくんはとってもイイコだね。お尻もおちんちんもとっても可愛くなって、今日からこの乳首も可愛くしてあげるね。ぷっくり膨れさせて、服を着て擦れるだけでも感じられるようにしてあげる」
 うっとりと夢の国の空想を語るかのような口調の遼はそう言って頭を下げ、コーキの乳首へと吸い付いた。
「ひっ……」
 先ほど指で弾かれた時の数倍の、僅かではあったが快感と呼べるものが乳首から溢れ出す。跳ねそうになった身体は膝と腰も男たちに抑えつけられてしまった。空いていた方の乳首にも男が吸い付く。
 ねっとりと濡れた舌先で転がされ、押し潰されたかと思えば軽く歯を立てられた。千切れそうな鋭い痛みに悲鳴をあげそうになると今度は力の限り吸引され、言いようのない感覚に目の前が白くなる。
 乳首は次第にじんじんと疼き熱くなる。奥に潜む快感を認識する事は出来るがほんの少し物足りない。
 中途半端なままでおいておかれたペニスと後孔がどうしようもないくらいに熱い。手足を抑え込まれている状態では自分でどうにかする事もできなかった。
「ね、遼さんっ……! シタも触って……!」
 自らの乳首に吸い付く遼に訴えると、遼はようやく唇を離し「ん?」と眉をあげてコーキを見る。
「あとでシテあげるから。今はこっち」
 こっち、と先ほどまで嬲っていた乳首を啄むように音を立てて口づけをした。その瞬間、雷に撃たれたような電流が身体へと走った。
「こっちでも気持ち良くなれそうだね」
 満足げに口角をあげた遼は再びその突起を口に含み舌先で押し潰す。薄く色付いた乳首は見た目にもわかるようにぷっくりと膨れ上がり、ぬるついた舌に絡めとられる度に身体の中心と直結しているかのような愉悦が湧き出てくる。
「あ、あ、や、怖い……!」
 未知の快感は、自分の身体が変化してしまうのではないかという恐怖を伴う。知らなかった快楽を覚えてしまう事で、もう元には戻れなくなってしまいそうな不安があった。甘く芳しい愉悦に足を取られ溺れてしまえば楽になれるのだろう。だが、一度溺れてしまえば自らの足で抜け出す事は不可能になってしまう。――まだ、溺れる決意ができていなかった。しかし、決意ができているにしろ、できていないにしろ、今のコーキに与えられる刺激から逃れる術はない。どんな刺激であろうとも受け入れる他に道はない。
「んんん、あっ……! 苛めるの、ヤメてぇ……」
 部屋にはコーキの嬌声が響く。乳首で得るそれは、絶頂へ達するには少し足りない。勃起したままのペニスからはだらだらと先走りの液体が零れおち、自身を妖しく彩っていた。
 喘ぐために開かれた唇の端からは唾液が垂れ、喉は引き攣れるように痛んだ。それでも喘ぎを止める事は出来なかった。うっかりすると溺れそうになってしまう未知の愉悦の中、見知った快感を求めて声をあげる。
「遼、さんっ……! おち……んちん、と、お尻、触ってくださいぃ……!」
 ほとんど泣いているような声で懇願する。不自由な身体を精一杯に捩り、自らを見ているのであろう男たちに見せつける。
「まったく、キミはとんだ淫乱だね」
 呆れたような口調ではあるが、遼は楽しそうな笑みを湛えていた。コーキの下肢近くにいた男たちに目配せをすると、男たちの手はすぐに伸びてきた。
「んっ……!」
 ペニスを握りこまれ、それと同時に後孔へ圧迫感を覚える。ペニスよりは細いが先ほどまで挿入していた自身の指よりは太い。何事かとそちらに視線を遣ってみれば、挿入されていたのは男の親指だった。
 片方の親指を入り口でぐるりとまわし、内壁を引き延ばすとすかさずもう片方の親指を挿入した。
「い、あ……はいんないっ……」
 コーキの言葉とは裏腹に、身体は二本の親指を難なく受け入れる。ぐい、と後孔を拡げられ、今までにない程にひろがり赤い内壁が蛍光灯に晒された。身体が壊れそうな程に拡げられ、切なげな悲鳴をあげるが、その悲鳴は誰の耳にも届かない。
 そして、そうされているうちにも二つの乳首とペニスへの刺激は続けられたままだ。
「コーキくん、可愛いよ」
 男たちの腕が身体を這い、まるで玩具のようにあちこちをいじる。
「ひっ……あ、そこ……!」
 ペニスに与えられる直接的な刺激がコーキの身体を絶頂へと持ち上げた。頭の中は真っ白でもう何も考えられない。熱い子種が精道を灼きながら駆け抜け、身体は解放感に浮遊する。
「あっ、ああ……!」
 噴き出た精液は男と、コーキ自身の身体を汚した。耳の奥がじんじんと熱く快感の余韻を訴えている。男たちの腕はコーキの身体から離れ、遼はまだ呼吸の整わぬコーキの唇へキスを落とした。
「……じゃあ、今度は僕たちが気持ち良くしてもらう番だね」
 遼の言葉はコーキの脳に染み入るように響き、躾けの行き届いたコーキは自らの意思とは関係なく頷いた。



「僕は一番最後でいいから」
 そう言った遼は椅子に座り、コーキと男たちの様子を眺める事にしたようだ。
 男たちの手は再び全身を巡るように撫でまわる。仄かな嫌悪を意識出来る間もなく、ふっくらと膨れた乳首を弾かれた。
 自身を取り囲む三人の男達に視線を向けてみるが、どの男たちもにやにやと楽し気な瞳をしているだけでそれ以上の表情は読めない。助けを求めるかのように遼の方へと視線を遣るが、椅子に深く腰掛けたままこちらへやってくる様子はなさそうだ。
 と、その時、ガチン、ガチン、と耳障りな音が耳につく。何事かとその音の出所を探れば、男の一人が手にしている金属製のクリップを開閉している音のようだった。
「……?」
 普段、事務用品として使うようなものではなく、どちらかと言えば指先サイズの小型の洗濯バサミのような形状に近い。一体、何に使うのか――それがわからない程子供でもない。
 別の男の手が、コーキの両肩と両腕を抑えつける。身を捩ってはみるがさしたる抵抗にもならず、クリップはどんどんと近付いてくる。
「それ、いやだ!……ひぃっっ……!」
 嫌だと訴えれば男の瞳はより一層楽し気に笑い、ふっくりと膨れた乳首にクリップが噛みついた。衝撃が身体を襲い、刺激は脳天にまで駆け上る。痛さと言うよりは、どちらかと言えば熱さにも近い。
 じくじくと、そこが鼓動をしているかのように疼いては熱さを全身へと送り出す。痛くて嫌なはずなのに、なぜかペニスは再び硬くなり始めていた。立てた膝が震え、開いた後孔がひくついた。
「とってぇ……」
 わざとらしい甘えた声を出してみるが、男たちはそれを無視しそれぞれに動く。一人はコーキの首輪に繋がる鎖をベッドから取り、片腕に巻いて引っ張った。言葉で指示するのではなく、首輪を引っ張り体勢を変えるよう促しているようだ。鎖で首輪が引っ張られる度に首が締まり、呼吸を荒くしながら体勢を変える。
 仰向けに寝転んだ男の上に跨ると、勃起したペニスの上へゆっくりと腰をおろす。
「ん……」
 遼の視線が身体中に突き刺さり、それを意識しているだけでも絶頂を迎えてしまいそうな程に興奮した。
 張り出た先端を飲み込み、感じる場所を掠めて根本まで飲み込む。シャッターを切る音が脳内に響いた。
 無意識のうちに内壁がゆるゆると蠢き男根の形を覚えこむように締め付けている。乳首はどうしようもなく熱く疼いて、次第にコーキの思考を麻痺させていく。
 腰を持ち上げ、そして再び腰を落とす。感じる場所に当たるよう位置を狙ってそこに擦る付けると甘い吐息が溢れ出した。
「あ、あっ……気持ち、イイ……!」
 今のコーキに縋れるものは、与えられる愉悦しかない。必死で腰を振って男を締め付け自らの快楽を追って全てを忘れ去る事しかできない。
 男の手はコーキの腰を掴み、今度は男が下から突き上げるように腰を振り出した。
「ひっ……! あ、あ、イイ……! そこ、もっと……!」
 媚肉を捏ねまわされるともうそれしか考えられなくなってしまう。身体が揺れる度に乳首に付けられたクリップも揺れ、その刺激が流れ込む頭の芯がぼんやりとしてしまう。
「っ――!」
 一際奥にまで突き入れられ、男の精が体内で解放された事を知る。
 ろくに食事も摂っていないせいで、身体は既に疲労困憊の有様だ。けれど、プレイはまだ終わらない。
 再び首輪を引っ張られ、今度は別の男に跨った。先ほど流し込まれた液体が重力に従って零れ落ちそうになったが、落ちるよりも前に男根が挿しこまれる。
 腰を上げようとしたが、促されたので男と胸を合わせ男の上でうつ伏せになる。男の腕が背中にまわり、抱擁のようだと思った。けれど、次の瞬間にそうではない事を知る。
 別の男の手が尻たぶを割り、既に男根を咥えこんだ後孔の周囲を撫でた。
「だ……ダメ! もう入んないから……!」
 何をしようとしているのかは瞬時に察する事が出来た。腕に力を込めて踏ん張り、起き上がろうとしても、コーキを抱いた男の力には敵わない。先ほどまで結合していた男が足を抑え、最後の男はコーキの後孔へ二本目のペニスをあてがう。
「ひいいいいいっ!」
 裂けてしまうのではないかと思うくらいの鋭い痛みと、異物を飲み込んでしまった圧迫感があった。息は切れ、自分を抱く男に縋る指先は力をこめすぎて白くなってしまっている。乳首についたクリップの事なんて忘れてしまう程の衝撃だった。口を閉じられるまま大きく開き細切れに呼吸をする。
「い、あ、や、動く、のヤダぁ……!」
 泣いているつもりはなかったのに、瞳からは涙が溢れ続けて目の前のものですら視認する事が出来なかった。
 ずん、と奥を突かれる度に熱い痛みが溢れ、遅れてくすぐったいような快楽がやってくる。二人の男たちはそれぞれに動いてコーキを苛めた。
 二本の男根を咥えこんだ事で前立腺はこれまで以上に圧迫され、身体の芯が痺れてしまうような快楽を生み出していた。
「あ、あ、それ、そこ……!」
 快感だけを感じるために生まれてきたのではないかと錯覚しそうな程の圧倒的な快楽だった。
 下腹に力を入れても大きく拡がった後孔は男根に阻まれて閉じる事が出来ない。そのどうしようもない背徳感に、侵食されてしまう。乳首から感じていたはずの痛みはいつしか快感を増長させるスパイスになていた。
 男の腹で擦られたペニスからは、いつの間にか白濁の液体が漏れ出している。そして、そこは自らが吐き出した蜜に塗れながらもまだ勃起を続けている。
「イイ……! おちんちん、好きぃ……!」
 踏み出した快感は底なし沼のようで、足掻くたびに深みを増す。
 腰の奥がやけに熱く、快感の事だけしか考えられない。もっと気持ち良くなりたくて、そのためにはどんな事をされても構わないとすら思える。
 二つの男根が内壁を抉り、コーキの目の前に星が飛ぶ。
「ひっ……あ!」
 喘ぐ度に喉が引き連れて唾液に血の味が混じる。が、声を抑える事は出来ない。
 内壁を捏ねられる度に腰が震え、絶頂の高みに昇ったままになってしまう。
 もっと深く味わおうと内壁に力を込めたその瞬間、身体の奥深くにぶちまけられる熱い液体を感じる。自分で気持ち良くなってくれたのだと思うと、体内で脈打つ男根が堪らなく愛おしかった。
 だが、身体の方は既に限界を迎えていたようで、電気が消えるかのように意識を飛ばしてしまった。近頃まともに食事をしていなかったのだから、それも無理のない事だろう。
 三人目の男は意識のないコーキの身体を容赦なく突き上げ、腹の中へ白濁の液体を流し込んだ。
 部屋に響くシャッター音は、コーキの耳には届かなかった。



 次に目が覚めたのは、一体どれくらい時間が経った頃だったのだろうか。窓の外は明るく、室内にはコーキしかいなかった。白いシーツには情事の名残がこびりついている。
 寝具に擦れるだけで乳首はヒリヒリと痛んだ。不思議に思いそこを見てみると、普段よりも赤く充血して腫れているように見えた。無茶をした後孔も熱を持って疼いており、コンディションは最悪だった。
 ペットという立場は、楽ではあるが楽なだけではない。それを改めて実感した。
 汚れたシーツの中でごろりと寝返りを打つ。
 ただ幸せになりたかっただけだったはずだ。
 彼女さえ生きていれば、以前と同じように彼女を愛しながら歌を歌い続けていたはずだ。けれど、彼女はもういない。歌う意味はなくなってしまった。歌おうと思えば、必ず彼女の影がついてまわる。もうこの世に彼女がいない事を思い出してしまう。だから、歌いたくなかった。
 彼女を思い出していまう事が嫌で、全てから逃げ出して遼との生活を選んだ。
 遼に抱かれている間だけは彼女の事を忘れる事が出来た。どんなに酷い事をされても、夢中になっている間だけは忘れる事が出来た。だが、その時間が終われば、こうして自己嫌悪に苛まれる時間がやってくる。
 彼女と過ごした時間は決して長くはない。彼女を忘れようと思えば思う程、その記憶は両掌にのせた砂山が指の隙間から零れ落ちていくように消えて流れて行ってしまう。
 彼女を理由に逃げたとしても何の解決にもならない事は薄々気が付いていた。だからと言って、彼女のいない現実に舞い戻る勇気もなかった。
 目の奥が酷く熱い。目尻から浮かぶ水滴はシーツに吸い込まれていく。声を押し殺し、肩を震わせる。
 一度失ってしまったものはもう二度と戻る事はない。その現実の摂理が堪らなく憎くて、苦しかった。
 ひとしきり泣き終えると、涙が完全に引くのを待ってから遼がいるはずのリビングへ向かう事にした。
「ああ、おはよ。やっと起きた?」
 遼はキーボードを叩く手を止め、コーキにむかってにこりと微笑みかける。
「すみません……最近、起きられなくて」
 リビングで時計を確認してみれば、もう夕方近い時間だったらしい。近頃は睡眠前に飲む薬のせいなのか、寝る時間がやけに長く規則正しい生活リズムというものを確立できないでいた。
「別に僕に合わせなくてもいいんだよ? どうせ昼間は仕事もあるし相手出来ないんだからさ。そうだ、お粥作ってるんだよ。最近全然食べてないんだから、今日くらい少し無理して食べなきゃダメだよ」
 そう言いながら遼は立ち上がり、キッチンへと向かう。遼の背を追ってはみるものの、正直に言えば食事は欲しくなかった。
 空腹感はなく、食べない事による不調も、やや疲れやすくなった、という程度のものだ。それでも食べなければいけない、というのは十分に理解できているので渋々ながらダイニングテーブルに向かって座り食事の用意を待つ。
 粥は温めるだけで食べられる状態にあったらしく、ほんの数分で湯気の立つ白粥と数種類の漬物が盛られた小皿が出てきた。量としてはそれ程多くはない。子供用茶碗に入りきるような量だった。たったそれだけでも、今のコーキにとっては多すぎるように感じられる。
「……いただきます」
 スプーンで掬った粥に息を吹きかけ、少し温度を冷ましてから口へと運ぶ。とろりとした優しい歯触りが舌から喉を通り胃へと落ちる。
 遼はコーキの正面に座ると、食事をするコーキの様子を眺めていた。
 遼の料理は旨い。今はスープや粥などしか食べられないが、ペット生活を始めた当初は出されてくる料理に感銘を覚えたものだ。そして、この粥も例に漏れず美味だった。
 けれど、順調だったのは三口を運ぶまでだった。それ以降は胃が食べる事を拒絶してしまう。拒絶しているのが胃なのか、それとも精神なのかコーキにはわからなかったが、とにかく食べ物が喉を通ろうとすると吐き気がこみ上げてしまう。その吐き気を押し殺して更に二口は飲み込んでみたものの、皿の中にあとほんの僅かを残して食事の手は止まってしまった。
「はぁ……もう食べられない?」
 溜息混じりに訊ねられ、視線を避けるように俯いた。
 食べられないのはあくまでもコーキ自身の理由であって遼には何の非もない。それなのに料理を作らせ、挙句残してしまうのだから、罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。
「……すみません……」
 消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にする。食べたいという気持ちはあっても、食べられないのだからコーキにはどうする事もできない。
「……いいよ。お鍋の中にもまだもう少しあるから、気が向いたら後で食べて」
 眉を寄せた遼は機嫌を損ねているのだろう。――それも仕方のない事だと思えた。毎日、折角作った料理を残されてばかりいては気分も悪いはずなのだから。
 遼には感謝している。出会って間もなくの自分を受け入れ、ペットとしてではあるが生活を共にし、全ての世話をしてくれる。
 形はいびつだが優しく、時折無茶な事も要求されるが、現実を忘れるためにはちょうどいい塩梅だった。



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