溺れそうな暗闇で、照らす光は眩しくて。 第八話


「シン、来週も来るんですか?」
 朝倉を玄関まで見送ってから、リビングに帰ってきた遼にコーキはそう問いかけた。
 昼食を食べた後の気分の悪さはもうほとんど治まってきている。心なしか身体が軽いような気がした。
「うん、まだ少し忙しいから、来週もお願いしたよ」
 遼はそう言って、ソファに座るコーキの隣へと腰掛ける。ソファはぎしりと軋んでいびつな音を立てた。
「それよりもさ、二人の関係についてちゃんと説明して欲しいんだけど」
 コーキの腰に腕を回して身体を密着させ、もう片方の腕でコーキの顎を掴み顔を近づける。
 いつもの笑みではなく、鋭く睨みつけられてコーキの身体がびくりと強張った。
 遼の指先が頬に食い込み、擦れる爪を感じる程の強さで首筋へと滑り落ちる。
「関係……って、ただの幼馴染ですよ」
 自らの身体に這う指先が怖くて、コーキはその指に自分の指を添える。いざとなればその指先を引きはがせるように――。触れた指先はやけに冷たく、それが殊更に遼の怒りを感じさせる。
 遼は怒っていた。
 言葉で説明される間でもなく、その怒りのオーラをひしひしと感じ取れる事ができる。そして、コーキ自身その怒りの原因に心あたりがある。
 朝倉がこの家に滞在している間、遼を怒らせてしまう要素はそれなりにあった。
 けれど、その全てがコーキの責任だとは言い難い。
「僕が知り合いなのかどうか訊いた時は、昔のクラスメイトだって言ったよね?」
「幼馴染で、クラスメイト……でした。中学から高校卒業までの六年間、ずっと同じクラスで」
 訊ねられた時に正確に答えなかっただけで、嘘は言っていない――正しくはないとしても、咎められるような類のものではないはずだ。
 それに同様の、幼馴染でクラスメイト、という関係は朝倉以外にもいる。
 中学も高校も、同じ私立の学校だった。学力レベルによってクラスを振り分けられるため、その六年間でクラスメイトに大きな変化はない。
 事実、コーキには朝倉以外にも六年間同じクラスに所属していた友達がいる。
「随分とキミの事を心配してた風だったし、仲良さげだったけど」
 遼は掴んだコーキの顎をぐい、と持ち上げ、その指に力を込める。
 爪は綺麗に切り揃えられているために、痛みは少なかったが、柔らかな肌に食い込んだ指先の圧迫感は凄まじい。
「仲は……悪くは、ないと思います……」
 遼の怒りに怯えたコーキは震える声で言葉を紡ぐ。
「仲が悪くない? 仲が良い?」
 しかし、遼はその答えに満足しなかったようだ。
「……どちらかと言えば、良かったと思います」
 乾いた唇を舐めて湿らせてから口を開く。
「随分と回りくどい言い方だけど」
「だって……」
 言おうとして、言葉を飲み込んだ。
 どうして遼がこれほどまでに怒っているのか理解できない。
「だって、何?」
 遼さんが面倒な事ばかりを言うから穏便に済ませたかった、とは言えない。
 コーキのその思惑はどうやら逆の効果を生み出してしまっているようだ。
「……」
 突き刺さる視線が、背中に冷や汗を伝わす。
「本当にただの友達?」
「……当たり前じゃないですか」
 朝倉は友達だ。何ごとにも変えられない、親友だ。
 その親友を捨てようとしていたのだから、もう親友ではないのかもしれない。けれど、少なくとも遼が想像しているような関係でない事だけは確かだ。
 遼はあからさまな怒りを容赦なくコーキにぶつける。
「僕はさ、君の唯一の飼い主なんだよ?」
「……はい」
 遼が何を言いたいのかよくわからず、とりあえず頷いてみせた。遼が飼い主でコーキがそのペットである事はもう十二分に理解している。
 それなのに、遼は何度もその主張を繰り返す。
「キミが忠誠を誓うべき相手は僕であって、朝倉くんじゃない」
 一体何を指しているのだろうか。
 朝倉と交わした会話は、あの昼食の時だけのはずだ。
「あんまり他の男とイチャついてるところを見せられるのは好きじゃないかな」
「イチャついてなんか……!」
 何故こんなにも遼が怒っているのかわからず、反論を試みる。
 が、その言葉はすぐに遮られてしまった。
 腰に回された指先がコーキの脇腹をぐいと力を込めて握りしめる。
「っ……!」
 圧迫される痛みに眉を顰めると、遼は更に顔を寄せ、言葉を区切ってゆっくりと言い聞かせるように話した。
「君がどういうつもりだったかは関係ない。僕がどう見えたか、だよ」
 その理不尽な物言いに若干の苛立ちを覚えたが、今はどうする事も出来ない。
 何をどう答えればいいのかもわからず身を強張らせていると、遼はコーキの腕を引っ張り強引に立ち上がらせる。
「こっちおいで」
 コーキの姿勢が整う事も待たず、二の腕を掴み寝室へと大股で歩こうとした。
「痛っ……! 引っ張らなくても自分で歩きます……!」
 指の痕がつく程強く掴まれた二の腕は引き攣れるような痛みを訴え、コーキは悲鳴をあげた。
 咄嗟に腕を振り払った事で遼の指から逃れる事は出来たが、遼は表情を失っていた。
「今日のキミ、生意気だね」
 失っている、というよりも取り繕う余裕もない程の怒りに満ちている、と言うべきか。
「えっ……そんなつもりはなくて、あの」
「遅い」
 慌てて謝罪の言葉を口にしようとするが、遼に腕を掴みなおされ、引き摺るように寝室に連れていかれる。
 後ろ手に寝室の鍵が閉められ、どさり、と音を立ててベッドに押し倒された。
「遼さん痛いっ……!」
 そのまま枕元にぶら下がる鎖を首輪に繋がれ、挙句南京錠が嵌まる。
 慣れたその手際に抗う余裕もなかった。
「生意気なペットは好きじゃないかな」
 鎖の長さを調整し、コーキがベッドから動けない程までに調整して固定してから、遼は立ち上がりベッドの上で仰向けに横たわるコーキを見下ろした。
「躾け、きちんとしてたはずなんだけどね。僕のやり方は生温かったかな」
 何が遼の気に食わないのか、コーキには見当もつかない。
 身体の芯が冷えるような冷たい視線は、コーキの恐怖を煽るには十分すぎる程だった。
「遼さん……、俺、遼さんの言う事聞くんで、えっとその、あの、ダメなところ教えて貰えれば絶対……!」
 玩具の入ったクローゼットを開きかけた遼の背に向かって懇願する。
 頭を動かそうとしたが、首輪に繋がれた鎖にあまり余裕はなくガシャンと派手な音を立てて首がしまるだけだった。
 しかし、クローゼットを探る遼から返事はない。
 聞こえていないという事はないはずで、ならば意図的に無視をされているという事だ。
「遼さん……!」
 返事をしないまま、遼は振り返った。
 その手に持たれていたのは、コーキも見覚えのある拘束具だった。
 つかつかと音を立ててフローリングを蹴ってベッドサイドまでやってきた遼は、不安げに見上げたコーキとは目も合わせず、左右の手首と足首にその拘束具を嵌めていく。
 抵抗したかった。
 このまま、怒りに任せて酷い事をされるとわかっているのだから、暴れて抵抗してそんな事はしたくない、と訴えたかった。
 だが、そうやって遼に抵抗しても行く場所はない。
 行きたい場所も行くべき場所もなくて、それに遼と暮らす事自体は嫌ではない。
 遼に身を任せる事で、遼の怒りが収まるならそれでよいとも思っていた。
「っ……!」
 黒い革製のそれは銀色の金具と鎖がついている。手同士や足同士を一纏めにする事も出来るが、遼はコーキの膝を折ると右手首と右足首、左手首と左足首で一纏めにした。
 これでコーキは抵抗する手段を失った。
 けれど、コーキはまだ服を脱いでいない。いつもなら真っ先に脱がされるはずのそれを纏ったまま不自由な格好で拘束されてしまっている。
 再びクローゼットに向かった遼の背を視線で追った。
 ごそごそと音を立てて荷物を探り、目的のものを手に入れた遼はコーキの元へと戻る。
 クローゼットから一体何を取り出したのか、コーキの枕元へ玩具の詰まった段ボール箱をどさりと置いた。
「キミと朝倉くんはどういう関係?」
 一度は説明したはずなのに、遼はその質問を繰り返す。
 どういう関係なのかと問われても、遼に説明した「元クラスメイトで幼馴染」という関係でしかない。――他の「元クラスメイトで幼馴染」な友人たちに比べれば、幾分気が合い濃い付き合いをしていたが、それだって友人の枠を超える程でもない。
「別に、どういう関係だったとしても怒らないよ。キミが素直に言わないから怒ってるだけで」
 遼はコーキのワイシャツのボタンを全て外しその肌を露出させる。
 少し冷えた室内の空気に晒されてコーキの喉は微かに震えた。
 次に段ボール箱の中から鋏を取り出した。事務用のその鋏は黒い持ち手と鈍い銀色の刃を持っている。
「っ……!」
 その鋏が、コーキの纏うスラックスを切断する。
 股間の辺りで二分割するように切り込みが入り、下着を着けていないコーキの性器が露出した。
「シンとは友達です。……気が合うから、一緒に遊ぶ事が多かったんです」
 遼は鋏を閉じ、その刃でコーキの喉を撫でる。
 刃を閉じているのだから怪我をする事はない。けれど、凶器になり得る冷たい金属に肌を撫でられて怖くないはずがない。
「元クラスメイトで幼馴染で、仲の良いお友達?」
 無表情だった遼の口角がにやりと持ち上がった。
 けれど、それはコーキの知っているいつもの柔和な笑みではない。
 鋏を弄ぶ遼は喉から胸元、胸元から下腹へと刃先を滑らせた。
「ひっ……!」
 両手足を拘束された状態のコーキでは身動きする事も出来ずその刃の行く先を見詰める事しか出来ない。
 糸を垂らすような金属の冷たさは、焼け付くような余韻を肌に残す。
 陰部へと辿り着いた刃は、遼の怒りにあてられて縮こまったコーキのペニスを掬いあげるようにして持ち上げた。
「はる……か……さ、ん」
 あり得ない、とは思うが、このまま切り取られてしまうのではないかという恐怖で声が震える。敏感なその場所に伝わる刃の感触が怖くて仕方なかった。
 拘束された手のひらからじんわりと汗が染み出る。
 不安に揺れるコーキの瞳と、何を考えているのかわからない遼の瞳が絡む。
 じっと見詰めあったのはほんの数秒の事だった。
「いいよ。それは信じてあげる」
 遼は満足げに頷くとコーキの身体からさっと鋏を引き、ベッドの上へと放り投げた。
 とりあえずの危機は去ったのだ、とコーキが一息をつく前に遼は言葉を続ける。
「キミは僕がなんで怒ってるのか理解できる?」
 そう訊ねながら、段ボール箱の中身を漁る。
 一体何が入っているのかごそごそと音を立てて取り出したのはチューブ入りのローションだった。
「……俺が朝倉と話をしたから、ですか?」
 そのチューブの封を切り、キャップを開ける。チューブからローションを少しだけ押し出し指に取った。
 ローションに塗れた指が後孔に触れ、コーキは息を詰める。けれど、ナカへ入ってくるのかと思われた指はすぐに離れた。
「そうだね、キミたち仲良さげだったもんね。少し嫉妬しちゃったかな」
 指と入れ替わりにチューブの口が後孔に触れ、体内にねじ込まれた。
 コーキが身構えたその瞬間、遼はチューブ本体を握りしめる。
「ひぁっ……!」
 粘るローションが後孔を逆流する。
 入り込む液体に冷たさに、知らず知らずのうちに後孔がひくついた。
「僕が怒ってるのはそれじゃないよ」
 入りきらなかったローションが、チューブと後孔の隙間から空気を内包した音を立てて溢れ出す。
 その音に羞恥を感じるが、今はそれを気にしている余裕もない。
「お、……俺が、シンとの関係をはじめからきちんと説明しなかった……から……?」
 決してそんなつもりはなかった。
 真実ではなかったが、嘘はついていないし何かを隠そうという意図もなかった。
「そう、正解」
 遼は段ボール箱の中から男根を模したバイブを取り出す。けれど、それは模しているだけで形状は随分と装飾されている。
 先端から根本まで大きなコブのような膨らみが点在しており、長さも太さも人間のものとは思えない太さだ。
 遼はそのバイブを後孔にあてがうと一気に突き入れた。
「うっ……ぁ……!」
 引き攣れるような痛みに呻き声をあげる。溢れる程のローションで濡らされた後孔は、それでも玩具を受け入れた。
 遼の視線がコーキに突き刺さる。
 一度は根元まで収めたバイブを、コーキの表情を見ながらゆっくりと引き抜いた。
「ん……」
 大きなコブが感じる場所を掠める。
 遼の視線に気付いたコーキの心臓が跳ね上がる。
 ひりつくような痛みは入り口周辺だけで、その痛みも波が引くように収まってきていた。
「ぁっ……」
 遼がぐるりと玩具で内壁を捏ねるように回すと、コーキの唇から甘い吐息が溢れる。
「ココ、気持ちいいんだ? すっかり淫乱な身体になっちゃったよね」
 吐息の溢れる箇所を狙って収められたバイブは、それを咥えこんでいるだけでも辛いというのに今度は電源がオンにされる。
 電池式のバイブはモーター音を響かせ、全体を細やかに振動させながら先端を回転させた。
「ひぁっ、ああぅ……!」
 感じる場所を突き刺すような振動は、機械特有の快感を生み出す。
 宙に浮いた足の指先が緊張しては弛緩し、びくびくと跳ねてはそれらを繰り返した。
「でも、それだけじゃないよ? 他に何か心当たりない?」
 辛すぎる快感に逃げようとしても、遼がバイブを支えているせいで逃げる事も出来ない。
 体内をかき回され、振動する玩具に思考の全てを奪われる。
「あぅっ……! そこ、やぁっ……!」
 漏れた声と後孔から溢れるローションの濡れた音、それにバイブのモーター音と重なった。
「喘いでないではやく」
 言いながら、遼は空いたもう片方の手で苛立った様子を隠そうともせずコーキの乳首を抓りあげた。
「ひっ……!」
 爪の先を食い込ませるような抓り方に、びりり、と鋭い痛みが胸から全身へと走り抜ける。
 喘がせているのは遼の方だというのに、その理不尽さを下唇を噛む事で堪え鼻を啜った。
「俺、が……生意気だから……?」
 コーキ自身、その答えに納得しているわけではない。
 今までに遼から提示されたヒントをそのまま返しているだけだ。
「正解」
 そして今度は押し潰すように爪を立てる。
「痛っ……!」
 後孔で感じる愉悦と、乳首に与えられる痛みで身体がバラバラになってしまいそうだった。そのどちらの刺激も全て頭の中心へと集結し神経を焦がすようだ。
 遼が手を離すと、乳首はぷっくりと膨れて充血し平らな胸を彩る。
「痛いって言いながら、おちんちんは萎えてないね。感じてる? 痛くされるの、好き?」
 コーキはぶんぶんと首を左右に振った。
 痛みはあくまでも痛みでしかない。今萎えていないのは後孔から絶えず前立腺を刺激され続けているせいでしかないはずだ。
 遼はもう片方の乳首へと手を伸ばす。
「んぁっ……!」
 食い込む爪の痛みに視界が揺れた。
 じんじんと染みるような刺激が身体を駆け抜け後孔を締め付ける。
「嘘つき」
 独り言のように呟いた遼は再び段ボール箱の中を漁った。
 喘ぎ過ぎたせいでコーキの唇はすっかり渇いてしまっている。
 段ボール箱の中から何をとったのかコーキには見えなかった。握りしめた拳に収まる程の大きさのそれを手に、遼はコーキの尻を膝の上に抱えるようにして持ち上げた。
「嘘をつくようなペットにはお仕置きだよ」
 カチ、と硬い音が耳につく。不安げに遼を見下ろすコーキに、遼は拳の中のものを見せつけた。
「あっ、やっ、やめっ……!」
 身体を揺らし逃げようともがいたコーキの身体は、遼が片手で押さえてしまえばそれだけで動く事が出来なくなる。
「キミが嘘をつくからだよ」
 コーキの身体を抑え込んだ遼は再び硬い音を鳴らす。――手の中のものは百円ライターだった。
 親指で弾けば簡単に火の灯るそれを、勃起したコーキのペニスへと近づける。
「いぁ、ごめんなさいっ……! 遼さん、やめてっ……!」
「だめ」
 たった一言で弾かれてしまった謝罪の言葉は虚しくも宙に散った。
「あつっ……! やっ……!」
 ライターの火がペニスに触れたのはほんの一瞬だった。
 けれど、その一瞬で耐え難い程の熱さに襲われる。
 火が離れてしまえば痛みはなかったが、陰毛が焦げてしまったのか鼻につく臭いが漂った。
「遼さんっ! もう、だめ……!」
 何度も何度も、断続的にペニスが炙られる。
 熱さを感じる度にペニスが跳ねコーキの喉が反った。
 息を詰め後孔を締め上げる。
 埋め込まれたバイブの電源は入れられたままだ。
 ぎゅう、と締めると振動が前立腺を捏ねまわし、快楽の強さに視界が白く染まる。
「あは、もしかしてイキそー? イキたいならイッていいよ。本当にコーキくんって、可愛い顔して変態さんだね」
「い、あ……! はるかさんっ……!」
 痛くて熱くて辛いはずなのに、嫌で逃げ出したくて堪らないはずなのに、ペニスは勃起したまま放出のその瞬間を待ちわびている。
 自分ではない何かになってしまったかのような、身体に裏切られてしまったかのような絶望感と、わけのわからない愉悦に沈んでしまいそうだ。
「あつい……!」
 ほんの少しだけ長く火にあてられる。このまま皮膚が焼け焦げてしまうのではないか――。
「イキなさい」
 遼の言葉が頭の中で何度も反響する。
 身体の中で振動するバイブが前立腺を押し上げる。
 与えられる炎の熱さが、コーキの全てを焼け焦がす。
 精道がひくつき、子種が溢れる。
「うぁっ……あ、……んっ……!」
 びく、びく、と腹筋を何度も蠢かしたコーキは白濁の液体を噴き上げた。
 けれど、体内のバイブはまだ振動を繰り返している。
 勃ちあがった二つの乳首がじくじくと疼く。
 絶頂を迎えたというのに快感の渦がまだ体内にくすぶっている。
 火はとっくに消えているが熱さの余韻は肌に残っていた。
 熱さは痛みで、痛みは快感と混じり合い、遼の言葉を合図に愉悦となる。
「はるかさん、お尻の、止めてください……! イッばかりで辛いからぁ……」
 内腿が攣りそうなくらいに震えている。
 堪えきれない快感に今にも泣いてしまいそうだった。
「だーめ。僕の命令を聞けて、ちゃんとイケたペットにはご褒美あげないといけないんだから。これからが本番、だよ?」
 お仕置きとご褒美の違いは一体なんなのだろうか――。
 そんな疑問を持つ間もなく、コーキは再び言葉にならない甘い声をあげた。



「キミは僕のペットで、僕に逆らう権利はない。キミは僕にきかれた事だけを素直に答えてればいいのに、変に誤魔化したり反論したりするから、そういうところが嫌い」
 遼は取り換えたばかりの清潔なシーツに、コーキに背を向けて横になっていた。
 その遼の隣で横になっているコーキからは背中しか見えないので、遼がどんな顔をしてそのセリフを言っているのかはわからない。
「……すみませんでした」
 ペットである限り、それは当たり前の事だ――。
 そうは思っても、些かの理不尽さと疑問を抱かないわけではない。
 それでもコーキはペットらしく謝罪の言葉を口にした。
 遼は扱いにくい性格をしていて面倒な事もあるが、遼の傍にいる事は幸せだ。
 過去を忘れられるし、それに遼のするセックスはどれも刺激的で、遼に身を任せていれば何だって快感になる。
 だから、遼の傍にいたかった。
「あとさ、サンドイッチ。僕は食べなくていいって言ったのに、キミも食べたくないって言ってたのに、結局朝倉くんの言う事きいて無理矢理食べたのはなんで?」
 遼の滑らかな背中を見詰め、コーキは思案する。
 食べなくていい、というのは命令だったのか、と今ここでようやく理解した。
 それならば遼が今起こっている理由も納得がいく。
「シンの言う事をきいたつもりはなかったんです。俺自身が食べた方がいいなって思ったから食べたんであって、遼さんの言い付けを守らなかったとか、そういうつもりはなかったんです。……すみませんでした」
 遼の方へと身体を寄せ、その背中に密着する。
 遼の体温が心地良かった。
「キミの主人は誰?」
 振り向きもせず遼は言う。
 けれど、その声の調子は幾分か柔らかくなっていた。
「俺の主人は遼さんです」
 裸の遼の背中を手のひらで撫でる。
 背骨から肩甲骨の辺りを何度も往復させていると、遼はのろりとした動きで寝返りを打ち、コーキに顔を見せた。
 向かいあって、今度は正面からその体温を味わう。
 啄むように口づけを交わしてから、遼はそっと微笑んだ。
「キミの身体の管理は僕がする」
 遼の手のひらがコーキの髪を撫でる。髪の流れに従い、梳くように撫でるその手つきはどこまでも優しい。
「はい」
 その優しさが心にじんわりと染みいく。
 見詰めあった瞳で、全てが通じ合っているかのようだ。
 遼は少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「明日から、もう少し食べやすそうなものに変えてみる。食べたいものとか好きなものとかあったら教えて」
 髪を撫でていた手が頬へと移り、唇に触れる。
「はい。……少し、考えておきます」
 食事を摂る事が出来ないのは一体何故なのだろうか。
 他に不調はないのだから精神的なものではないではないだろうか、とコーキ自身は思っていたが、心当たりはなかった。
 ずっと以前から、彼女がこの世を去ってすぐに食べれなくなっていたならともかく――ここ最近に始まった事だから余計にわからない。
 曖昧に微笑んでみせたコーキを、遼はそっと抱き寄せた。
 コーキは抱き寄せられるままに胸に頬を寄せ、その心音に耳を澄ます。
「他に体調面で心配な事ってある?」
 遼の腕の中が心地良い。
 少し骨ばった男らしい腕に抱かれているこの瞬間が幸せにも思える。
 彼女がいないにも拘らず、遼と一緒にいるだけで幸せだと思ってしまう。
 錯覚が悲しかった。
「……最近夜眠れなくて」
 胸に湧き上がる悲しみを押し殺し、コーキは無感情に呟く。
 今はとにかく、ゆっくりと眠りたかった。
 この現実から離れ、幸せな夢の世界へと逃げ込みたかった。
「ああ、そういえばそうみたいだね。……睡眠薬、用意するよ」
 遼はコーキの丸い頭を撫でながら、すっと瞳を細めた。



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