溺れそうな暗闇で、照らす光は眩しくて。 第五話


 コーキが初めての恋をしたのは、まだ恋という言葉を知る前の事だった。六歳年上の彼女に出会ったのは、定められた運命だと思っている。
 成長と共に恋という言葉を知り、やがてその恋は植えられた種のように花開く。
 学生にとって六歳の年の差は大きく、差を埋めるために背伸びをしたコーキにとって、彼女が全てだった。背伸びは決して楽ではない。けれど、彼女と同じ時間を過ごすためならそんな苦労も楽しかった。
 彼女がいなければ今のコーキは存在しない、と断言できる。
 育んだ愛情は、蔦となりコーキの足元へ絡む。それは自らを支える礎ともなれば、自らを絡め取る罠にもなり得る。
 だが、楽しい時間は続く事はなかった。彼女との時間が終わったのは突然の事だった。歩道に突っ込んだ車は、まだ若い命を巻き添えに奪っていった。別れの挨拶さえ出来ぬまま、彼女はこの世を去る。
 悲しみは後から押し寄せ、現実味のない空虚だけが湧きあがった。目を閉じれば彼女の事を思い出せる。まるで隣にいるかのように、触れた髪が、絡み合う指先が、感じた体温が、まだコーキの中に残っていた。
 空白の隣は、彼女の為に空けておきたかった。彼女の事を思い出す度に今はひとりぼっちの孤独を実感してしまう。彼女の事を忘れたくはない。そうは思っても全てを忘れてしまいたかった。
 彼女の事を含め、過去の全てを忘れる事ができれば、痛む心の苦しさから解放されるはずだった。



「コーキくん話聞いてる?」
 遼に声を掛けられ、コーキははっと顔をあげる。ついぼーっと物思いに耽ってしまっていたが、コーキはまだセーラー服姿のまま後ろ手に腕を拘束され、プレイの途中だった。汚れた頬は濡れたタオルで拭ってもらい元の清潔さを取り戻していた。
「き、聞いてます!」
 慌てて答えてはみるが、遼は鋭い視線をコーキに投げかける。先程、コーキの頬に精液をかけた時点で回復していたはずの機嫌はまた悪くなってしまっていた。
「じゃあ今、僕が何の話してたか言ってみて」
 冷たく突き放すような口調で言われ、コーキは口を噤んだ。聞いている、と答えたところで実際は過去に意識を飛ばしていたのだ。遼がどんな話をしていたのかどころか、遼が話をしていた事すら意識していなかった。問いに答えられるはずもなく視線を逸らす。
 遼は大げさなわざとらしいため息を吐いてからコーキににじり寄った。
「嘘をつく子は嫌いだよ」
 遼は不機嫌になった時、それを隠そうとはしない。それどころか自らが不機嫌であることを殊更に強調してくる節がある。セーラー服の一件とは違い、今回の非はコーキ自身にあると自覚していた。
 だからこそ遼の怒りにも頷けて、自身の失態を悔やむ。
「すみません……」
 下唇を噛み謝罪の言葉を口にする。過去のことを忘れるためにここへ来たはずなのに、ふとした瞬間に過去を思い出してしまう。出口のないどうしようもない苦しさは湧き上がる度に霧のように胸の中へ充満し隅々まで入り込んではコーキを蝕んだ。
「……僕と一緒にいる時に他の事ばかり考えられるのはあんまり楽しい気分にはなれないよ」
 遼は仰向けに寝転んだコーキの隣に座り、その両肩に手を置いて顔を近付けた。遼の吐息を感じ、そして唇が重なる。
「んっ……」
 唇の柔らかさを味わい、舌を絡める。上顎をくすぐるように舌が掠め、腰が痺れるように疼いた。瞼を閉じて、流し込まれる唾液を嚥下する。
 遼のことだけを考えていれば、過去の全てを忘れられる気がした。
 彼女を思い出す度に、孤独な惨めさが心を覆う。彼女を見送る事しか出来なかった自分の無力さに絶望する。
 悔しくて、どうにもならなかった。遼に縋る事で、加速する心の痛みから目を逸らそうとしていた。
 唇は離れ二人は見詰め合う。遼の瞳の中に映るコーキの瞳は暗く潤んでいた。
「キミは誰のもの?」
 囁くように問われ、コーキは口を開く。
「……遼さんです」
 身体も心も、その所有権を遼に渡してしまえば、重苦しい全てから逃れられるような気がした。
「いい子だ」
 遼の大きなは手が、コーキの髪を梳くように撫でる。もう片方の手はスカートを履いているせいで剥き出しになった膝を押し広げた。
「遼さん……」
 抵抗もせず、遼の手に促されるまま膝を立てて左右に広げる。手のひらは膝から内腿へと移り、足の付け根へと移動する。セーラー服を着ていても下着はつけていない。遼の好みなのであろうが、コーキの服を用意しても下着を用意する事はなかった。
 コーキ自身に下着を用意する権限もなく、この家で住むようになってから下着を着用していない。その無防備なスカートの内側に辿り着いた遼は萎えたペニスを握りこむ。
「ん……」
 甘さの混じる声を漏らすと、敏感な先端を親指で擦られた。吐息は跳ね、びくりと背筋が揺れる。
 遼が指で輪を作りペニスをリズムよく扱くと、コーキのそれは期待していたかのようにむくむくと成長を始めた。背中の後ろで拘束された腕に体重がかかり、ギリリと痛む。与えられる快感は、抱えた全てを忘れさせてくれる。辛い過去も、見たくない現実も、逃れたい未来も、全て忘れさせてくれる。
 だから、コーキはその快感に縋り、逃げる。閉じた唇の間から甘い吐息が漏れた。
「スカートがおちんちんで持ち上がってるの、すごくいやらしいね」
 遼に扱かれた事で膨らみ勃ちあがった性器は、先端から透明な蜜を零し紺色の布に染みを作る。
「……そういうの、言わないでください……!」
 羞恥で頬が赤く染まった。
「なんで? 恥ずかしい?」
 遼に問われて身体を捩る。
 セーラー服を着てペニスを勃起させているという事実を認めたくなかった。
 そして、それと同時に言い知れぬ背徳感に溺れてしまいそうな錯覚を抱いていた。このまま、遼に引き摺られて道を踏み外してしまいそうな、そんな予感だった。
「恥ずかしいからイヤ? イヤならもうやめとこうか」
「あ……」
 ペニスを扱いていた手が離れ、コーキはあからさまに落胆した声を出す。
 与えられていた刺激を求めてペニスがひくりと脈打った。続きを再開して欲しい、と遼を窺ってみるが、遼は楽しそうに瞳で笑みを浮かべているだけだ。
 もどかしさに唇を噛み内腿を震わせる。
「もっと気持ち良くなりたい?」
 遼に問われ、コーキは小さく頷いた。熱を持ったそこはじんじんと疼き、更なる愉悦を求めていた。
「じゃあ今度はうつ伏せになって」
 まるで遼に繰り人形のように、言われるがまま身体を動かす。
 腕を拘束している手枷の鎖が冷たい音を立てた。
 コーキがそうして体勢を変えている間に、遼は再びクローゼットを覗き込む。コーキを繋ぐ鎖が入っていたのと同じ場所から、あからさまな形をした玩具を取り出した。
 コーキが尻を上にしてうつ伏せになると、遼はベッドの上で正座をし、その膝の上にコーキの腰を抱えるように持ち上げた。
 尻だけを突き出すような恰好になってしまう事がわかり、思わず文句を言ってしまいそうになるが唇を噛み締めてそれを堪える。
「コーキくんのお尻の孔、きゅっと窄まっててすごくかわいいよね」
 うっとりとした口調でそんな事を言う遼を、あえて無視する事にした。
 自分で見た事もなければ直接触れた事もないような場所に突き刺さる遼の視線は、ふとすれば正気を失ってしまいそうな羞恥を呼び起こす。遼は小さなチューブを手に取るとキャップを開き、中身を指に取り出した。
 透明で粘りのあるそれはどうやら潤滑剤のようだ。潤滑剤を纏わせた指を、スカートを捲って晒したコーキの後孔へとあてがう。
「ン……!」
 窄まったそこが、遼の指を飲み込む。潤滑剤のおかげか、それとも身体が行為に慣れてきたのか、さして抵抗はなかった。
 人差し指と中指の二本を根本まで挿入され、コーキの呼吸は知らぬうちに荒くなっていた。
「コーキくん、この辺好きだよね」
「ひぁっ……!」
 遼は指をぐるりとまわし、触れられれば声を出さずにはいられないしこりを探る。
 身体を内側から広げられ、感じる場所を抉られる愉悦に嬌声をあげた。
「あっ、あっ、遼さん……! そこばっかりはヤだぁ……」
 快楽の源を抉られて、暴力的なまでの愉悦が湧き上がる。
「こら、逃げない」
 強すぎる快感は苦痛さえ伴う。
 反射的に逃げようとするが、腰を抱え込まれ未遂に終わった。
「んぁっ……やだっ……!」
 腰を固定され抵抗を封じられたまま前立腺を抉られる。遼の腿と自身の身体に挟まったペニスがびくびくと脈打った。
「快感に従順になるのも、ペットの仕事だよ」
 遼は愛撫の手を緩めることはない。ぬちぬちと音をたてながら、コーキの体内を指でかき混ぜる。
「あっ……」
 喘ぐためだけに開かれた唇の中で赤い舌が見え隠れする。体内を擦る指がコーキの全てを支配していくようだ。唇から唾液が零れシーツに染みを作る。
「ひぁっ……やだ、遼さんもうやめて……!」
 許容値から溢れた愉悦に、脳髄が熱を持って溶けていく。
 身体の中心に与えられた刺激は背筋を駆け上って脳へ到達し、熱となって全身へと駆け巡る。そこだけを刺激され続けるのは、自分が人ではない何かになってしまったかのようにも思える。
 抵抗できないのだと知りながら身を捩り、過ぎる愉悦から逃れようと足掻く。
 そんなコーキを見て遼は重い溜息を吐いたが、コーキに溜息に気付けるような余裕はなかった。後孔を埋めていた圧迫感が消えたと思ったその時、乾いた音と共に尻を鋭い痛みが襲う。
「コーキくん、逃げちゃダメだって言ってるのに飼い主の言う事が聞けないの?」
 尻をぶたれたのだ、と気付いたのは二度目の痛みを与えられてからだ。遼はコーキの尻を強く抱えて固定したまま、スカートをたくし上げられた事で晒されている素肌の尻を手のひらで音を立てて叩きつける。
「ひっ……ごめんなさ……!」
 今までの快感が全て吹っ飛んでしまうような痛みだった。拘束された腕や両足にも自然と力が入る。
「今更遅いよ」
 繰り返し張られた尻は赤くなり、痛みは更に激しくなる。尻に手のひらがぶち当たる度に背が跳ね身体が揺れた。
「遼さんっ……!ごめんなさいっ……!」
 燃え上がるような痛みに悲鳴をあげたところで、遼はようやく手を止めた。
 何度も与えられた痛みのせいで尻がずきずきと熱く疼く。
「僕は躾けのためなら体罰も厭わないと思ってる」
 遼はうつ伏せになったコーキの肩を引いて顔をあげさせると、コーキの顎を指先で捉え強引に視線を合わせた。
「キミが僕のペットである限り、僕の言う事は絶対だ。言う事を聞けないならキミが痛い思いをするだけになる。……前にも言ったけどキミとのペット契約はキミからいつでも破棄できる。僕の言う事を聞きたくないんなら、今すぐにでもやめていいんだよ?」
 遼は落ち着いた口調で淡々と告げる。遼の言う事を聞く。それは、ペットになった初日に交わした約束のはずだった。例えそれが理不尽な内容であったとしても、主人とペットという関係を築くには重要なルールだ。行く宛のないコーキが辿り着いた遼という場所は心地の良い場所だった。
 ペットという役割は楽なだけではない、と気付いたのはこの数時間で――けれど、現実世界よりはずっと楽なはずだった。煩わしい事を考えず、遼に全てを任せておけばいいのだから。楽な方へ走れば、あとでそのしっぺ返しが来る。全てを忘れて永遠にペットとして生きる事はできない。
 そうわかっていても、今だけは遼の隣にいたかった。
「……すみません。やめたく、ないです。イイ子にするんで遼さんのペットでいさせてください」
 遼はぐしゃり、とコーキの髪を撫でる。
「じゃあ、ペットらしくお尻振って僕の事を誘ってみせて」
 囁くように促され、コーキは瞼を伏せて唇を噛む。遼はコーキから手を放し距離を置いた。
 誘う、とはどうすればいいのだろうか。
 幸いにして方法はいくつか思いついているが、それが正解――遼の気に入るものであるというはない。それに、実行するにはコーキのプライドが邪魔をした。これまでの二十年余りの生活の中で、性行為を強請る事などなかった。
 遼が背後にいる事を確認し、決意を固める。
 これまでに築いた暮らしも思い出も全てを捨てたいと望んでここに来た。それなのにプライドに拘るだなんておかしな話ではないだろうか。うつ伏せの姿勢で膝を立て、尻だけを高く持ち上げる。
 尻はスカートが捲られたままで、膝を大きく広げれば大事な部分が全て丸見えになってしまう。
「あれ、さっきので萎えてなかったんだ? コーキくんって可愛い顔して結構モノズキだよね」
 指摘されて、先ほど平手打ちを受けたのにまだ硬度を保ったままの自分自身に気が付いた。羞恥で砕けそうになる心に鞭を打ち、唇を開く。
「……遼さんの、ください」
 消え入りそうな声でコーキはそう言った。
「僕の、何をあげればいい?」
 けれど、遼はわかっているはずなのにとぼけてみせるのだ。
「遼さんの……ペニスを、ください」
 その単語は普段口にする事がなく、どうしても抵抗がある。その抵抗を堪え、ほとんど泣きそうな気分で言葉を紡いだ。
「その言い方、可愛くないから却下」
 だが、あっけなく退けられてしまう。息を飲み、次の言葉を考える。遼の視線が集中している事に気付き、熱に浮かされた腰が無意識に揺らめいた。
「コーキくん、はしたない事してないでちゃんとおねだりしてみて」
 そんなコーキを見て、遼は溜息を吐いてから静かに言った。
「ん……遼さんのおちんちん、お尻のあなにください」
 燃え上がる肉欲に突き動かされ、じんじんと疼く股間を意識しながら、言葉を口にした。
「よくできました」
 遼は満足したように笑みを湛えて頷くと自らの服を下着ごとずりおろしてペニスを取り出し、コーキの体内へと侵入を始める。
「ひぁっ……」
 昂ぶった身体は滾る肉棒を難なく受け入れていく。窄まった孔を押し広げるペニスを飲み込み、粘膜で包む。
 そうしながらも蠕動し、男の形を覚えて感じる場所を自ら擦り付ける。
「あっ……あっ……」
 シーツに頬を押し付け愉悦に溺れる。体内に穿たれた芯は、今のコーキに唯一縋れるものだった。
「なんだかワルイコトしてるみたい」
 セーラー服姿で腕を拘束されたまま甘く声をあげるコーキを見下ろし、遼は嗤う。
 そうなるよう仕向けたのは遼自身のはずだ。
 張り手のために赤く染まった尻を掴み腰を打ち付ける。濡れた水音がコーキの耳を犯した。
「ここ、好きだよね」
 遼はある一点を先端で捏ね繰り回しながら夢中で喘ぐコーキに声をかける。
「キモチい……!」
 身体に快感が満ちていく。
 先端からとろとろと透明な蜜液を零し、ひっきりなしに悲鳴をあげた。
「セーラー服姿で女の子みたいに犯されて感じてるんだ?」
 制服は汗をはじめとした様々な体液で汚れ、無惨さを増す。
 腰だけを掴まれて玩具のように犯されるこの瞬間が愉悦を生み出していく。
「あっ、ナカ、堪んないっ」
 男根が体内の意識した事もないような場所を犯す。
「ひっ……!」
 内壁を強く擦られ、絶頂を迎えた。
 飛び散った白濁がシーツとセーラー服を汚し、けれど行為は終わらない。
「あぁぁっ……遼さんっ……!イッたばかりで、つらい、からぁ……」
 絶頂を迎えた事で男根を締め上げようとする内壁を力任せに割入り、コーキを責め立てる。
 射精しながら前立腺を抉られる刺激に膝が震えた。
 容赦のない突き上げに息も絶え絶えになった頃、体内にぶち撒けられる熱さを感じて意識を飛ばした。



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