溺れそうな暗闇で、照らす光は眩しくて。 第二話
案内されてやってきたのは、ラブホテルからほど近いとあるマンションの一室だった。
乗ってきたエレベーターから察するに、部屋はどうやら最上階にあるらしい。
玄関を開けると長い廊下があり、その左右にドアがあったが、遼は廊下を真っ直ぐ行った先の正面にあるドアだけを開けた。
「ここが今日からコーキくんの暮らす部屋だよ」
「わあ……」
思わず声をあげたのは、広々としたリビングと、南に設置された窓からは夜を灯す地上の明かりが、輝く夜空のようだったからだ。
リビングには大きなテレビがあり、その前にソファーが設置されている。
ソファの後ろには作業机だろうか。パソコンののった大きな白い机が設置されていた。
作業机とペアの椅子の後ろには先述した大きな窓が設置されていて、今はそのブラインドも開け放たれている。
部屋の隅には音響機器も設置してあった。
部屋を見渡してみれば対面式のカウンターキッチンや、他の部屋へ繋がっているのであろう扉も見えた。
私物らしい私物は転がっておらず、行儀よく整えられたその部屋はモデルルームのようだ。
「気に入ってもらえた?」
遼は片眉をあげ、自慢げに言う。
「……はい」
これからどうなるか予想もつかないが、暮らす部屋が綺麗だというだけで少しうきうきした気分になれるのだから、人間とは不思議なものだ。
まだ若そうに――そして実際若いだろうに、一体どんな仕事をしているのだろうか。
少しだけ気になったが、自分には関係のない事として頭の隅にその疑問を追いやった。
「一緒に住むにあたって、少しルールを決めようか」
遼はテレビの前のソファーに座ると、その隣の座面をぽんぽんと叩いた。
促されるままに遼の後を追い、その座面に座る。
「ルール、ですか」
「うん。ペットと飼い主が気持ちよく暮らせるためのルール」
遼の腕がコーキの肩を抱く。
何故か嫌な気分はしなかった。
「まずはじめに、許可のない外出や外部との連絡は取らないで欲しい」
そして、遼は予め考えていたかのように流暢に語り出した。
「これは、どちらかというと僕のワガママなんだけど。僕以外の人と喋ったりしてるコーキくんを見たくないし、想像したくない。僕は独占欲が深いみたいでね。僕のペットは僕だけのものにしたいんだ。ほら、ペットと飼い主の関係、って第三者から見るとイロイロ誤解されやすいからね。なるべくならそんな事態は避けたいんだ。あとは単純に脱走を防ぐっていう意味あいもあるけど。だから今持ってる財布や携帯電話は金庫で預かる事になる。もちろん連絡を取る必要がある時には相談してくれればいいし、理由があるのにダメだとは言わないから。……とにかくこれが、第一条件」
遼の言い分はわかるような、わからないような、だったけれど、全てを捨てる気でいたコーキには何ら問題のない条件だった。
「わかりました」
頷くと、遼は更に喋り出す。
「次に、この家で着る服は僕が決める。コーキくんの好みも多少は訊くけれど、基本的には僕が決めた服を着て欲しい。これが第二条件」
それも独占欲の一部だったりするのだろうか。
「はい」
第一条件に比べれば随分と容易いもので、難なく頷く事ができた。
「そしてこれが最後、第三条件だよ。この家で、コーキくんと僕がペットと飼い主という関係である以上、君が僕に逆らう権利はない。セックスや食事、日常の全てを僕が決めたいと思ってる。意見をきいたりはするけど、無意味な反抗は禁止したい」
ペットと飼い主――気軽に考えていたけれど、それはつまり遼に従い、敬い、全てを任せる事になる。
全ての権限を他人に任せるとは、一体どんな気分になれるのだろうか。
胸の奥が微かに高鳴る。
これで、今までの全てを忘れる事が出来るかもしれない。
――少なくとも、忘れたフリをして生活できるかもしれない。
遼の事だけを考えていれば、今までと全く違う生活を送れるのだから。
「わかりました」
頷くと、遼さんは俺の頭をぐしゃりと撫でた。
「よし、契約成立! 勿論、怪我したり、命に関わるような事はしないって約束するよ。あと、この契約は君の方からいつでも解除できるから。嫌になったらすぐ言うんだよ」
大きな手の温もりが伝わり、コーキはほっと笑みを見せた。
「早速だけど着替えちゃおうか」
立ち上がり、リビングルームから繋がる扉へと向かう遼の後を追った。
扉の向こうはどうやら寝室だったようだ。
作り付けのクローゼットと、先ほどまでいたラブホテルにあったのと同じくらい大きなベッドがあった。
クローゼットの中をごそごそといじると、遼は何かを取り出してコーキに投げてよこした。
「とりあえず今日はそれ着てて。明日からの服はまた考えておくから」
渡されたのは何の変哲もない赤いパーカーだった。ただ、サイズが二回りほど大きいようだ。
「えっと……」
「さ、はやく着替えて」
有無を言わさず促される。
今この場で着替えなければいけないのか、と遼の表情を窺ってみるが、どうやら遼の視線が突き刺さる中着替えをしなければならないようだ。
さっきまでセックスをしていたのだから着替えくらい問題ないはずだ。
それなのに、見られながら服を脱ぐのはなぜか羞恥をそそる。
着ていたシャツを脱ぎ捨て、ベルトを抜き取りスラックスを足から抜く。
赤いパーカーはやはり大きすぎたようで袖は指先まで隠してしまうし裾は尻を覆った。
「僕の選んだものだけ、って言ったでしょ? 下着も脱がないと」
「下着……」
そういえばそんな事を言っていたが、下着もカウントされているとは予想外だった。
ちらりと遼を見ると不機嫌そうに眉を寄せていたが、下着を脱ぐとまた穏やかな笑みに戻った。
反応はわかりやすいが『変な人』にますます磨きがかかっていく。
下着で隠れている部分はパーカーで隠れているとは言え、落ち着かない気分だった。
クローゼットの隅にある空っぽの金庫を取り出すとその中にコーキの持っていた鍵や財布、携帯電話をしまい込んでロックをかけた。ロックの暗証番号は教えられなかった。
「とりあえず、今日出来るのはここまで、かな。続きは明日にしよう」
そう言うと、遼さんも部屋着へと着替えだす。
ホテルでシャワーも浴びてきていたため、本当に着替えるだけだった。
「続き……?」
「ペットの証、つけるんだよ」
寝室の扉を閉じて電気を消し、二人でベッドへと入りこんだ。
ふわふわのマットレスと、温かい布団に身体を包まれる。
「証……?」
遼さんの腕がコーキの身体にまわる。
ぎゅっと抱きしめられて、二人の間の距離がゼロになった。
「首輪だよ。コーキくんに似合う首輪、ちゃんと選んであげる」
ああ、という声は、声にならなかった。
ペットと言えば首輪だ。
遼の腕の温もりを感じているうちに――遼は眠りについてしまったようで、一方のコーキはいつまで経っても眠気はやってこず、長い夜を過ごした。
朝起きると、ベッドの中には一人きりだった。
眠れなかったはずなのにいつの間にか眠ってしまっていた。覚えてはいないが、何か嫌な夢を見た気がする。日差しから察するにそろそろ昼を迎えようとしている頃だろうか。
ベッドから立ち上がり、辺りを見渡す。
ひょっとしたら遼の事も夢ではないかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
締め切られた寝室の扉をそっと開くと、リビングルームの白い大きな作業机のパソコンに向かっている遼の姿があった。
遼はすぐにコーキの気配に気付いたようで、顔をあげてあの柔和な笑みを見せた。
昨夜、雄大な夜景を覗かせていた大きな窓は、今はたっぷりと朝陽の光を取り込んでいて、室内は電気をつける必要もないくらいに明るい。
「おはよ」
「おはようございます」
それだけ言うとすぐにまたパソコン画面へと顔を向けた。
「トイレとか洗面所とか勝手に使ってくれていいし、タオルもその辺の棚に置いてるからすぐ見つかると思うよ。朝食は作って冷蔵庫に置いてるから適当に食べて。全部終わったら好きにしてくれていいよ。テレビ見ててもいいし、その辺にある本も読んでいいし……ごめんね、この仕事、あと少しで終わるから仕上げちゃいたいんだ。終わるまでちょっと待ってね」
長台詞を噛まずに言えるなんてすごい、とずれた視点で関心しながら、「はーい」と適当な返事をして朝の身支度を整える事にする。
着替えなどの指示がなかった、という事はこのままでいろ、という事なのだろう。
顔を洗って歯を磨き冷蔵庫から朝食――ご丁寧な事に皿に盛られたサンドイッチにラップがかけられており『朝食』と書かれたメモが貼ってあった。その隣にはコップに入ったオレンジジュースがありその隣にもラップがかかっていた。
それらを取り出して対面キッチンと対になっているカウンターテーブルで食した。
そこで空いた皿をどうするのかという疑問にぶつかり、しばし考える。
が、考えたところでわかるわけもなく三十秒程で思考を止めて遼に訊く事にした。
「遼さん、お仕事中すみません。朝食の後片付けって……」
「ああ……。あとで僕がやるから置いといて」
そっけない答えなのは、仕事中だからだろう。コーキが話しかけ、それに答える最中も視線はパソコンの中を追っていた。
遼の邪魔にならないよう短く返事をしてから、食べ終わった食器たちを流し台へと持っていく。
しなければならない事、は完全に終わってしまい、あとはコーキが好きにしていい時間、になる。
テレビを見てもいいと言ったが、仕事中の遼の邪魔になる事は明らかだ。
ならば本を読もう、と本棚を見る。
本棚はテレビの隣に設置されていて、所謂ミステリー小説を中心に取り揃えられているようだ。
今まで読書と言えば学校の教科書か、せいぜい読書感想文を埋めるための読書しかしてこなかったコーキには、読んだ事のない本ばかりだった。
そのうちの一冊を適当に手に取り、ソファーに座ってページをめくる。
本は好きでもないが嫌いでもない。
と、思っていたが読んでみればみるみるうちに夢中になり、ページを捲る手が止まらない。
脳内を駆ける空想が現実の世界のように広がっていく。
「コーキくん」
だからなのか、一度目の呼びかけでは気付かず、
「コーキくん!」
二回目の少し抑えた怒鳴り声にも近い何かでようやく顔をあげる事ができた。
「えっ、あっ、あっ……はい」
驚いて本を勢いよく閉じながら立ち上がり後ろを振り向くと、遼は腕を組んで真後ろに立っていた。
「わっ……」
「呼ばれたらすぐ返事をするようにね」
厳しめの口調で言われて肩を落とす。
「す、すみません……」
夢中になりすぎていた自分が悪いとは言え、そこまで怒る事もないような気がして内心不服な思いだ。
ここで不服である事を言ってしまえば遼の気分を余計に損ねてしまうのはわかりきっているので、堪えて口は閉じた。
出会ってからまだ一日も経過していない短い付き合いだが、柔和な雰囲気をした遼が実は短気なのだという事はなんとなく理解した。
「それよりも首輪、届いたよ」
遼は短いため息のあと、さっと口調を変えていった。手には手のひらより少し大きいくらいの小ぶりの箱を持っている。
「届いた……?」
その箱は何の字も図形も書かれておらず、表面から見る限り、中に一体何が入っているかなんて想像もつかない。
「そ、昨日の夜中に注文したら今日にはもう届いちゃうんだよ。便利な世の中になったよね」
首輪をネット注文した、という事なのだろうか。
てっきりどこかへ買いに行くのかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
それに、宅配業者がやってきた事にも気付いていなかった。
いくらなんでも本に集中しすぎだ。
「開けてみて」
遼さんに促されて、その箱を受け取った。
軽い、と思ったが、中身が首輪なら納得だ。
「あ……」
開けてみれば赤い色の革製のベルトで出来たものが軽く円を描いて収められている。
その周囲には運搬時の衝撃対策のためかくしゃくしゃに折り曲げられた紙も詰られていた。
「コーキくんなら、絶対赤が似合うと思ったんだ」
そう言って、遼は箱の中から首輪を取り出した。
「つけてあげる」
「……はい」
顎をあげて首を触りやすいようにすると、遼は少し屈んでコーキの首元に赤いベルトを巻く。
想像していたよりも太く、重量もあった。金属部分は艶のある黒に仕立てられていてた。
最後に留め具を止めると、最後に首輪の金属部分と同じ黒い色をした南京錠を取り出しはめる。
拵えから察するに首輪と南京錠はセットで用いる事を想定して作られているようだ。
南京錠は手の内側に隠せる程の小さなもので、首輪にぶら下げても負担はない。
これで、コーキ自身の意思だけでは首輪を外す事は出来なくなってしまった。
「コーキくん、似合うよ」
褒められているのだろうか。
わからなくて、曖昧に笑ってみせる。
ふと、遼の唇が近付いてきている事に気付いて、瞼を閉じてそれを受け入れた。
触れた唇は柔らかく、心地よい。
肩に回された腕は俺が逃げられないように力がこもっていた。ねっとした唇が口内へ侵入し、上顎を撫でる。
じんと痺れるような感覚が下腹から全身に広がり、頭の中がぼんやりとする。
「ん……」
知らず知らずのうちに声が漏れた。
舌を絡め返し、室内に水音が響く。コーキが身じろぎする度に、首輪の留め具が擦れて金属音が混じった。
「……可愛い」
キスの合間に、遼はそんな事を囁く。
「どこにも行かないでね」
口腔内を侵されてぼんやりとした頭で、返事の代わりに遼に身を委ねた。
遼の唾液を飲み込み、舌を吸われる。
今のこの現状に溺れている自分と、それを見下ろしている自分がいた。
死にたかったはずだった。
それでも死ねなくて、どうする事も出来なくて、やっぱり死にたかった。
どこへ行くのかあてなんてなかったけれど、適当に歩いて彷徨って、遠くへ行こうと思っていた。
一人きりで誰も知らない場所へ行こうと思っていた。
自分を必要としてくれる人はもういない。
自分を必要としてくれる人は、彼女一人きりだった。
――その彼女は、もういない。
生まれてから二十年。彼女と出会ってから、十年だろうか。
彼女と出会って以来、彼女のために生きてきた。
彼女に認められるために、必死だった。
彼女のためなら、なんでもできた。
それなのに。
それなのに、彼女はもういない。
どこを探しても、どんなに望んでも、彼女が帰ってくる事はもうない。
だから、全てがどうでもよくなった。
出来る事なら死んで、彼女にもう一度会いたい。
でも、死ぬのは怖くて。
怖くて――遼についてきた。
彼女を忘れるために。
「……コーキくん?」
唇を外し、遼は怪訝に眉を寄せる。
コーキが他に考え事をしてしまっていた事を敏感に察知したようだ。
遼の瞳にコーキが移りこむ。
そうされると、コーキ自身の今までや、考えている事を全て見透かされそうで嫌だった。
遼はコーキの顎をとり、再び唇を近付けた。
「っつ――!」
しかし、今度はキスではなく、コーキの下唇に歯を立てた。
痛みは一瞬で、反射的に身を引いて唇を手の甲で拭う。
ほんの僅かに出血してしまっていて、手の甲に赤い筋を作った。
「キスくらい、集中して出来ないの? キミは僕のペットだよね? 僕のモノだよね?」
容赦のない責める口調は、普段の穏やかさを知っている分迫力を増す。
「す、すみません……」
その謝罪に効果はあったのかなかったのか、遼はコーキから離れると仕事机と揃いの椅子にどっかりと座りこんだ。
「僕が目の前にいる時は僕の事に集中する事。いいね?」
「……はい」
有無を言わせぬ口調に、コーキは返事をする他なかった。
遼はそれで満足したようで、カタカタとパソコンのキーボードを打ち始める。どうやら仕事を再開させたようだ。
聞こえてしまわないように小さく溜息を吐くと、読みかけだった小説を読む事にした。
遼に声をかけられた時に適当に閉じてしまったため、どこまで読んだのか探すのに少し時間を食われてしまったが問題ないだろう。
遼の言う事が本当ならば、これから毎日、コーキは暇を弄ぶはずなのだから。
本を読みながら、時折横目で遼の事を確認する。
同じ部屋で会話もなく、別々の事をする。
少々気まずいと思うのはコーキだけなのか、遼は黙々と仕事を続けていた。
窓の外から光は徐々に失われていき、空には暗闇が広がった。
やがて、空から光が失われ街に灯りが灯る頃、遼は両腕を天に伸ばしてぐっと背筋をのばした。
「さて、今日はこの辺りで終わりにしよっかな」
遼の声に反応し、コーキも本から顔をあげた。読んでいた本もちょうど最終ページを読み切ったところだった。
「お疲れさまです」
時間の経過のおかげか、遼の機嫌は元に戻っているようだ。出会った時のような柔和な笑みを浮かべている。
「夕飯、何食べたい? リクエストあるならきくけど」
そう問われて、首を傾げた。
ここ最近、なぜか食欲があまり感じられない。
目の前に食べ物があれば食べる、という程度で自ら欲する事がないのだ。
「……特にはないです。遼さんにお任せします」
「ん、わかった」
短く答えると、遼は立ち上がりキッチンへと向かった。
このままソファーに座りっぱなしなのも悪い気がして、本を元あった本棚に戻してから遼の後を追う。
「あの、俺も手伝える事ないですか?」
冷蔵庫の中をごそごそと漁っていた遼の背中に声をかけてみるが、遼は「んーん」と首を左右に振った。
「君はペットなんだから、家事のお手伝いもしなくていいんだよ。料理のお手伝いをしてくれる犬や猫なんて聞いた事ないでしょ?」
それがさも当然であるかのように、遼は言う。
確かにコーキはペットであるが、犬や猫と一緒にするのはどうなのだろうか。
だが、そんな疑問をぶつけてまた遼の機嫌を損ねてしまうのは嫌だった。
手伝いをしなくていい、というのは楽でいいが、少しだけ居心地が悪い。
どこに居ればいいのかわからなくて、結局対面キッチンのカウンターに座り、遼が料理をする姿を眺める事にした。
待っていたのは三十分程だろうか。
手際よく料理をする遼に見惚れているうちに、料理はあっという間に完成していった。
完成した料理はカウンターテーブルではなく、テレビの前にあるテーブルへと運ばれていく。
せめて運ぶくらい、と手伝おうとしたが、遼に鋭く睨まれてやめた。
「準備できたよ。こっちおいで」
料理の全てを一人でしてしまった遼は、先ほどまでコーキが本を読むために座っていたソファに座ると自身の膝を叩いた。
「……はい」
それは一体、どういう事なのだろうか。
ソファの手前まで行って立ち止まってみるが、遼は「ここにこい」という風に膝を叩いて、コーキにきらきらとした視線を投げかけてくる。
つまり、そういう事なのだろう。
覚悟を決めて遼の膝の上に腰をおろした。
「コーキくんは可愛いね」
そんな事を言いながら身体をぎゅっと抱きすくめられる。
これからセックスを始めるのならばともかく、今から始めるのは食事のはずだ。
絶対に食べにくい、という自信がある。
しかし、遼は意に介した風はなく、コーキを抱えたまま腕を伸ばしてスプーンをとった。
「コーキくんには僕が食べさせてあげるから、食べたいものがあったら言って?」
「……はあ」
返事があやふやになってしまったのはコーキのせいではないはずだ。
こうして本日の夕食は開始された。
「ほら、動くと零れちゃうって」
他の固形物に比べるとスープは難易度が高く、少しの身じろぎで揺れたスプーンから零れてしまう。
「じゃあもっとちゃんと運んでくださいよー」
そんな軽口を叩きながらする食事は楽しいものだ。
遼は手に取ったスプーンを皿の上、コーキの口、皿の上、遼の口、と交互に移動させて、非常に効率が悪い食事方法をしていた。――遼が望んだ事なのだから口を出す気はなかった。
その時だけは――ほんの少しだけ、彼女の事を忘れる事が出来たような気がした。
よければお声も聞かせて頂けると嬉しいです!